歩めよ乙女、橘彩芽 僕らの空に浮かぶ青い月

2018年12月8日。場所は横浜ランドマークホール。イベントのタイトルは「歩み2016〜2018…」

 

一人の声優が引退を決め、彼女の唯一と言っていい代表作であるアプリゲーム「8beatStory♪」発のユニット「8/pLanet!!」のイベントが行われた。彼女の名前は青野菜月。彼女が演じたキャラクターの名前は橘彩芽という。

 

 

私にとって8beatStory♪は、今もっとも入れ込んでいるコンテンツの一つと言っていい。昨年の春に楽曲から入り、夏に行われたリーディングイベントに参加したことを一つのきっかけとしてハマっていった。今年の春からは、関東に引っ越したこともありお渡し会などの比較的小さなイベントにも積極的に参加していた。

その中で、自分にとっての青野さんの思い出といえば、はじめて参加したリーディングイベントのミニライブで歌われた『それゆけ!乙女のミッション!!』がすごく楽しくて忘れられず、8beatStory♪にハマるきっかけになったこと。6月に行われた名刺お渡し会で初めてお話ができ、仕事帰りにスーツで向かい、名刺入れを座布団にして受け取るわたしに「ご丁寧にどうも…」と言ってくれたこと。そんなことが思い浮かぶ。

 

8beatStory♪、およびその登場キャラクターによるユニットである8/pLanet!!の大きな特徴の一つとして、リアルイベントの多さが挙げられることは言を俟たない。大きなくくりで言えばいわゆる声優ユニットの一つでありながら、半年に一回ペースの大型ライブイベント、そして毎月のようにやっているCDリリースイベントなどのお渡し会、ミニライブ。アプリゲームの方は人が多いとは言えないが(アクティブユーザーは1000人を少し超えるくらいのようだ)、コンテンツとして成長し続けているのはこうしたリアルイベントでファンを獲得、あるいはつなぎとめ、また下世話な言い方をすればそこでお金を稼いでいるからに他ならない。 

こうしたイベントを重ねれば、当然ファンとしてはキャラクターだけでなく「中の人」にも愛着を持つ。いや、もしかすれば「中の人」への愛がキャラクターへの愛を上回ることだって容易にありうる。かく言うわたしも、リーディングイベントのミニライブでクシャッとした笑顔を見せながら楽しそうに歌って踊る吉村那奈美さんを見てから彼女のファンであり、彼女の演じる源氏ほたるが好きだが、どちらが先かと言われれば前者だと答えざるを得ない。

また、8beatStory♪ではキャラクターと演じる声優とのシンクロがはかられている。一つ大きなものはキャラクターの誕生日が演じる声優の誕生日と同じ日に設定されていることだろう。ゲーム内ではその誕生日にお祝いの石が配られ、数日限定で誕生日キャラのソロver.の曲をゲーム内で遊ぶことができる。キャラクターと声優は一緒に年を重ねていくのである。

 

 

さて、前置きが長くなったが、何が言いたかったのかといえば、こうしたリアルイベントの多さ、そしてキャラクターと声優のシンクロがはかられているこのコンテンツにおいて、メインキャラの一人であり、8/pLanet!!のリーダーでもある橘彩芽の声優が辞めてしまうということがどれだけ衝撃が強いかということである。橘彩芽にとって青野菜月さんは単なる「声帯」でないことは明らかだ(もちろん他のキャラクターもそうである)。青野さんの引退発表と同時に後任の声優を定めて今後も続いていくことが発表されたが、少なくとも誕生日が違うという設定上の確実なズレが存在する以上、どうやってもどこか異質なものとなってしまう、そう考えてしまった。

 

 

さて、そんな中で行われたイベントが「歩み2016〜2018…」である。表向きは8beatStory♪が始まった2016年から今、2018年までの歩みを振り返り、そしてこれからも歩いて行こうというイベントだ。タイトルの2018の後の「…」に、これからも続いていくんだという意志が感じられて好きだ。だがしかしこのイベントの本当のところは引退する青野菜月さんへのはなむけだというところが強かったのはみなが感じていた。イベントの数日前、公式のTwitterに上げられた写真はリハーサル後の青野さんと金魚さんであった。かわいい笑顔の金魚さんと、笑うことなくキリッとした表情の青野さん。このイベントが、コンテンツ開始時からの8人、いわゆるオリジナルメンバーでの最後のイベントであることはアナウンスされていたし、「そういう」イベントになることは当然ながら予想されていた。しかし実際のイベント内容は特に明らかにされないまま、当日が迎えられた。

 

私はどんな気持ちでこの日を迎えればいいのか、まったくわからないままに迎えてしまった。ただお手紙をしたためなければならないという気持ちだけがあり、当日に書き上げて会場へ向かった。もっとよく練って書けば良かったと思ったものだが、とにかく書かなければ一生後悔するという思いが頭にはあった。

会場に着くと、まずフラスタが目に入った。やはりというか、今回は青野さんあてのフラスタが多かった。お一人で出しているものもあり、こうやって愛を形にできる、そうした場所があることはありがたいことだよな、と思ったりもした。

そしてもう一つ目立ったのはこれである。これまでの楽曲のジャケット絵が壁一面に貼られ、その前にサイン入りの8人のパネルがあり、壁の上には「今まで歩んできた道に 綺麗な音楽たくさん咲いたよ」の言葉。

 

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そして会場の中に入る。

 

 

 

前方のスクリーンに映った今回のイベントのタイトルロゴを見て、8人の足跡があるな、とか全体的に青の基調なのはやっぱり青野さんを意識しているのかな、などとぼんやり思っていた。

イベント開始前、金魚さんの影ナレがあった。最初ほとんどの人が金魚さんだと気付いていないんじゃないかというほどに、キャラクターに寄せたものではなく、一人の影ナレとしてのアナウンスだった。ナレーションの最後に杏梨の声になり、会場も湧く。

 

開幕、まずはスクリーンにこれまでの彼女らのライブやイベント、その他の写真が次々とこちらに向かってくるように映し出される。それは青野さんの写真が中心とかいうことはなく、まさしく8/pLanet!!の「歩み」を振り返るものであった。

 

続いてステージ上には演者が二人立っていた。橘彩芽役青野菜月さんと姫咲杏梨役金魚わかなさんだ。今年の夏にリリースされた二人の曲、『おそろいさんぽ道』でステージは始まった。

今よりも幼かったときの二人の歌。とにかくかわいらしい二人の歌声とダンスが印象的だ。いつものように腋を見せて笑顔をみせる金魚さん、そして少し歌いにくそうに幼い彩芽の声で歌う青野さん。ジャケット絵には短い前髪の幼い二人が描かれていたが、「短く切ったこの前髪 はやく伸びてほしいんだけどね」「前髪が長く伸びてもずっときみといっしょね」という歌詞は、成長を望む子どもの気持ちとともに大人になっても自分たちは変わらないという無邪気さがよく表れている。そして、これは二人の曲だ。だから今回のイベントの開幕としてはふさわしい、というより、もはやそれは必然だとも思った。

 

曲が終わるといつもの自己紹介タイム。なのだが、はっきり言って会場は異様な雰囲気だったと思う。心なしかステージの8人からもいつもとは違う緊張感のようなものを感じた。二人目に青野さんがいつもの自己紹介を済ませると多少は空気が和らいだものの、8人目、最後の自己紹介で澤田美晴さんが今日はこのメンバーでやるのは最後なのでと発言し、そこについてはやっぱりちゃんと言及するんだ、と背筋がキュッとした。

 

続いて何がくるのかと思ったが、ライブではなく、2人づつ4チームに分かれてのチーム対抗のクイズコーナーが始まった。クイズの内容はイベントタイトルにふさわしく、これまでの彼女らの歩みの中からの出題となった。

「1stライブ昼の部でのアンコール曲は?」「(社本さんが誕生日の歌をカッコつけて歌う映像を流して)このとき社本さんは誰の誕生日をお祝いしていたでしょう?」「3rdライブのふわりあるたいむで歌詞を間違えた和氣さん。なんと歌ってしまったでしょう?」「2ndライブSweet編のセットリストの穴埋めを完成させてください」「これまでの全員曲は全部で何曲あるでしょう?」

という5問が出題された。

セットリスト穴埋めなどなかなか難しい問題も出題され、メンバーも苦戦しているようだった。そんな中、優勝したのは4問正解のメイほたチーム。賞品のケーキはあとでみんなで食べることに。印象に残っているのは、アンニュイな表情で真剣に考える吉井さん。けらけら笑いあう吉岡さんと和氣さん。中でもライブ関連の問題で、お父さんがよくライブのDVDを見ていると言っていた澤田さんのエピソードは良かった。ただそれを青野さんはどんな気持ちで聞いていたのか、それが少し気になってしまった。

 

告知タイムに入る。13曲目の全体曲、『つよがりDecember』がリリースされること、そしてこの曲が青野さんが彩芽として歌う最後の曲になることがアナウンスされた。ジャケット絵も公開されたが、8人とも顔が映っていない絵だった。これは何を意味するのだろう。「最後の曲」にしてはあまりに切なくて寂しいような気もする。

正直に言えば曲を聴くのがこわいという気持ちもある。青野さんとお別れになってしまうのが悲しくて寂しい。大丈夫だなんてつよがりはこの年になるともう言えないのだ。

そしてもう一つの告知。今年5月に行われた4thライブのBlu-ray化の発表だった。自分のすごく好きなソロ曲である『源氏物語』と『INFINIT3!!』、そしてめちゃくちゃ楽しかった『おとめ☆de☆Night』が収録されており、とても楽しみだ。とくに『おとめ☆de☆Night』はステージの他にお立ち台も使用していたので、ライブ中あまり見ることができなかったお立ち台の方も楽しみである。さらに言えば、2_wEiのパフォーマンスを映像で見ることができる現時点唯一の円盤ということにもなる。

 

最初は異様な雰囲気もあったものの、ここまででいつもの8/pLanet!!のイベントのようなゆるく楽しい雰囲気になっていたような気がする。青野さんが辞めるなんてウソなんじゃないか、このまま、いつものまま楽しくイベントが終わるんじゃないか、そんな考えすら頭によぎった。だが、続く朗読コーナーから空気は一変した。

 

 

朗読自体は去年の夏にリーディングイベントという形で行われていたが、そのときは和氣さんのスケジュールの都合で7人での朗読だった。今回は8人で行う、この8人で行う、最初で最後の朗読だった。

朗読のあらすじはこうだ。みんなで集まってブルームーンを見ようとするも、雲がかかってよく見えない。そのうちに、みんなはこれまであったことを思い返す。最初は彩芽と杏梨の二人だったこと。先生がビートマネージャーになり、初めは彩芽が認めなかったこと。杏梨が辞めようとしたこと。月がダンス部との間で揺れていたこと。鈴音とメイのこと。ほたるとかなでのこと。2_wEiのこと。みんなに不安な気持ちがよぎったとき、雲が晴れて美しく青い月が見える。ブルームーンというのは一月に二度の満月が見えることであり、決して実際に青い月が見えるわけではない。だからそこで見えた青い月は、まさしく奇跡なのだと。そして、彼女らは「先生」に語りかける。今までありがとう、そしてこれからもよろしくねと。

ブルームーンというのは、全体曲である『BLUE MOON』からきている。ただ、このときブルームーンという言葉から連想されるのは、青い月、すなわち青野菜月さんのことだ。キャラクター8人が揃って隠れていた青い月を見つける。それだけで私はたまらなくなって泣き出しそうになった。朗読中、これまでを振り返るシーンまでは演者のみなさんを観察する余裕もあり、吉岡さんは客席に向かって一瞬ニコッと笑顔を振りまいたりもしていた。だが、彩芽が、青野さんが「先生」に向かってこれまでの感謝を語るとき、青野さんは驚くほど、それこそ驚くほどに感情が漏れていて、涙を流しながら「われわれ」に向かってこれまでの感謝を語りかけてくれた。そこからは、客席もステージ上の演者も、それこそ堰を切ったように感情を抑えられなくなる。ああもうむちゃくちゃだ。こんなのアリか。続いて彩芽と杏梨、青野さんと金魚さんがステージに残り、3年生曲『Still...』のイントロが流れる。こんな状態でこんな曲を歌えるのか。歌わせていいのか。誰も気持ちを整理する暇を与えられないまま曲は始まり、歌が耳に届く。

 

「いつのまにか大人になってくの 残された時間は少しだけで」

開幕の歌詞である。『Still...』は大人にならなければならないことへの反抗の歌だ。高校三年生という、将来を見据えさせられる年頃にいる二人の歌。

だがこの日だけは違った。青野さんと一緒にいる「今」が続くことを望む歌。辞めていく青野さんに「何故」を突きつける歌。それでいて、青野さんの選択に寄り添うような歌。

「残された時間は少しだけで」の歌詞が聞こえた瞬間、自分の頭はずっと考えないようにしていたことに気付いてしまった。ステージ上の青野さんを見ることができるのは、もしかするともうあと数十分しかないことに。青野さんに、そしてわれわれに残された時間は少しだけであることに。ダメになった。と同時にこの映像を、この感情を、目に、胸に焼き付けようと強く思った。この日歌われたこの曲は間違いなく伝説級だ。まるですべての歌詞が、この日この時のために書かれたものであるかのように感じた。そんなのアリか、と聴きながら何度も思った。印象深い2番での二人の振りがある。お互いのマフラーを取り払い、強くお互いの手を握る振り。このとき青野さんは、金魚さんは何を思っていただろう。私には想像もつかなかった。ただただ、圧倒された。落ちサビで、二人が順番にソロで歌う箇所がある。金魚さんはボロボロに泣いていた。自分も泣いていた。いや、泣くことしかできなかった。曲は終わった。たったの4分で。

 

そして青野さん一人がステージに残り、8beatStory♪のこと、8/pLanet!!のこと、そして彩芽のことについて語ってくれた。彩芽への思いが伝わってきて、そしてこの2年半のことを忘れないと言ってくれて嬉しかった。それと同時に、なぜ辞めてしまうんだと悔しくもなった。彩芽のソロ曲『U・RA・RA』が歌われる。

彩芽らしい美しい言葉が散りばめられた歌詞と、激しくも淑やかな曲調。ライブで披露されるのは初めてだ。ダイナミックではないが曲にあった艶やかでかわいらしい振りつけと、青野さんの真骨頂と言うべき、綺麗で伸びがあって力強く、でもどこか儚げで憂いを帯びた歌声。これを聴けるのは今日が最初で最後なんだと思うと、そんなもったいないことがあるか?と思った。間違いなく素晴らしいパフォーマンスだった。青野菜月という声優がいたということをこの世界のアルバムに焼き付けるのに十分すぎる最高のステージだった。曲の最後、「麗(うらら)」という歌詞を「これで終わりだ!」と言わんばかりにカッ!と歌い上げた青野さんがあまりにカッコよくて忘れられない。この曲にすべてがぶつけられたように感じた。

『U・RA・RA』の歌詞の中に「歩めよ乙女 共に行こう」という歌詞がある。「歩み」というイベントタイトルを思い出した。今日はこんなことばっかりだな、と思った。そういえば、橘彩芽のキャッチコピーは「歩めよ乙女、橘彩芽」である。なんでこんなにも当たり前のようにすべてがつながっていくんだ、そんな風にも思った。

 

曲が終わる。刻一刻と青野さんと一緒にいられる時間が過ぎていくのを感じる。続いて、青野さんにメンバー一人一人からの手紙が読み上げられた。これをわれわれが見てもいいのか、というくらいメンバーはみな涙で顔はぐちゃぐちゃ、まともにしゃべることすらできないほどだった。その一人一人の手紙を聴いて、青野さんは優しく一人一人を抱きしめていた。青野さんは泣いていなかった。冷静に聴いていたように思えた。そんなはずはないのに。

金魚さんは手紙を読むときはもちろん泣いていたし、他のメンバーの番になって後ろで見ているときもずっと落ち着かない様子で揺れていて、ときどき顔を後ろに向けていた。溢れる涙を抑えられずに、客席には見せまいとしていたことが容易に分かった。

澤田さんはめちゃくちゃ泣いていた。普段アンドロイドのメイ役で、芝居上はあまり感情を表に出さなかったが、澤田さんはこんなにも感情をむき出しにする方なんだと思った。青野さんを慕っていたことが感じられた。

吉村さんの「青野へ」が良かった。吉村さんはああ見えても8/pLanet!!の中では年上の方だ。年齢的に青野さんとどちらが上かというのはわからないが、もしかしたら同世代なのかもしれない。ほたると彩芽はストーリー上でも意外と絡みがある。泣きじゃくりながら彩芽によく叱られていたことを語っていた。

和氣さん。唯一泣くことなく笑いながら手紙を読んでいた。自分はそれがとても良いなと思った。自分があまり練習に参加できない中、ゆきなのパートの練習も付き合ってくれて嬉しかったというエピソードがあった。声優を辞めて8/pLanet!!の一員じゃなくなっても友達であることには変わりないからという言葉が温かくて、和氣さんらしいなと思った。

吉岡さん。元気印の月ちゃんだが、吉岡さんもボロボロ泣いていた。もっと大きな会場で一緒にやりたかったという言葉がズシッと胸にきた。

吉井さん。『Distance』の歌声が好きだった。また一緒に渋谷でお酒飲もうね。二人が並んでお酒を飲む姿を想像した。

社本さん。センターとしてみんなを引っ張っていくんだという気持ちが強くて、それを青野さんがサポートしてくれてありがたかった、嬉しかったという言葉。実際社本さんはすっかりみんなを引っ張れる立派なセンターになっていると思う。もしかすると、青野さんが辞めることに責任を感じているかもしれない。そう思うとやるせない気持ちにもなってしまった。

 

 

そうして最後の曲が始まる。『BLUE MOON』

みんな泣いていて、立ち位置もあやふやだったように思う。客席からも朗読のときからすすり泣く声がそこかしこから聞こえていた。普段汗で濡れるタオルは、涙を拭って湿っていた。

青野菜月さんの引退に際し、最後に歌う曲が『BLUE MOON』だなんて出来過ぎだ。なんだかすべてがこの日のためにあったんじゃないかとさえ思えてしまった。「僕らの空に浮かぶ 青い月を見上げた」なんて歌われても困る。これから夜空で月を見上げたとき、いつも心に浮かぶのだろう。わたしはこの歌詞の「僕らの空に浮かぶ」のところが好きだ。一つの空の下、みんながいる。そんな気持ちにさせてくれるからだ。これからもこの曲はライブで歌われるだろう。いつまでも空は「僕らの空」でありつづける。

澤田さんは最初のパートで泣いていて歌えていなかった。アンドロイドのメイではなく、澤田さんがそこにいた。あるいはメイもメンバーのお別れのときにはこうしてまともに歌えないほどに涙を流すのかもしれない。

会場の誰もが受け止められていなかった。何日も前から、あるいはメンバーはそのさらに前からわかっていたことだった。この日、この曲を最後に青野さんがこの8/pLanet!!からいなくなってしまうこと。すべての歌詞が刺さった。「大好きだよ これからもすっとよろしくね」人生で一番、この曲よ終わらないでくれと思った。一生このままこの場所でこの曲を聴いていられたらどんなにいいかと思った。間奏で8人が輪になり、腕を上げてステージ上を回る振り。すごく好きだ。でももう終わってしまう。終わらないでくれ。「ありがとう 共に進もう輝く未来へ」そして曲は終わった。

 

結局、『U・RA・RA』を歌ったあたりから青野さんはほとんど涙を見せていなかったように思う。最後に青野菜月としての最高のパフォーマンスを見せてくれた。挨拶が終わり、いつものようにステージからはけていく。最後に客席にお辞儀をしたのは澤田さんだった。そして終演を告げるアナウンスが流れる。私には青野さんの声であるように聞こえた。開始が金魚さんだったということもあり、最後青野さんで締めるというのはありえそうだったが、あれだけのことをしたあとにあんなに涼しい声でアナウンスができるのか、わたしにはわからない。もしかするとあれが青野さんの声優としての最後のお仕事だったのかもしれない。そんな風に考えた。

 

 

終演後、自分の口からは「参ったな……」という言葉しか出なかった。すごいものを見た、という感覚で頭がいっぱいになった。整理することなんてできなかった。ただただ参った。でも、これを見ることができて、そしてこれを見せてくれて良かったと思った。忘れたくないし忘れられないだろうと思った。青野さんは有名な声優というわけではないし、8beatStory♪だって2年半続いているとはいえ知名度は低い。でも、だからこそこの日この時この場所に自分がいたことに意味はあるのだ、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

メンバーから青野さんへの手紙の中で、何度か出てきたフレーズがある。

「あなたが決めたことだから」

自分はこれを聞いて、残酷な言葉だと思った。でも、こう言うしかないということも伝わってきた。

8/pLanet!!はリアルでのイベントを数多くやっていく。ということはスケジュールの縛りがつよい人気声優は起用できない。それはおそらく予算的にもそうだろう。今でこそ和氣さんは人気声優の一人だが、発足当時はそこまで有名な声優というわけでもなかった。もちろん他のメンバーも、ナナシスに出演している吉井さん、いくつかアニメに出演している澤田さんは多少知名度もあろうが、他のメンバーは8beatStory♪以外にはあまり名を知られていないだろうというのが実際だと思う。

声優を引退するということに対して、どれだけの葛藤があったかはわからない。8beatStory♪だけでこの先もやっていくことができるわけではないだろう。そもそも今でだって仕事として声優一本でやれているわけではないと思う。それでも声優を続ける人がいて、あるいは辞める人がいる。それは人生に関わる問題だ。やりたいことをやりたくても、お金が稼げなければ続けることができない。そうやって出した結論は、自分で責任を持たなければならない。今後8beatStory♪がもっともっと大きくなり、メンバーたちは一躍有名声優となっていくかもしれない。もしそうなっても、青野さんは戻ることができない。そのことを、おそらくメンバーみんながよく分かっている。われわれファン、そして青野さんに関わってきたすべての人たちは、これからの青野さんの人生が幸せなものであれと、そう願うことしかできない。

 

もちろん、上で述べたことは的外れかもしれない。そもそもこんなことを書くのは失礼だ。それでも考えずにはいられなかった。今自分たちはたくさんの声優さんたちの活躍を目にしているが、それでも彼ら、彼女らの中に葛藤がないわけはない。声優という仕事は大変なんだ。よく耳にするが、それはわれわれの想像以上のものなのだ。そういう意味でも、今回のイベントは自分の人生に爪跡を残すことになった。

 

 

 

最後になるが、8beatStory♪の曲の中で、自分が一番好きな曲の一つに『Give Me Love』という曲がある。歌うのは彩芽、杏梨、月の3人。青野さん、金魚さん、吉岡さんが歌う曲だ。ここでいう「Love」とは誰かに愛されることではなく、何かを愛するという気持ち、そしてその気持ちが持つパワーだ。なんとなくつまらない日常の中で、昔のように何かを好きだという気持ちをもう一度湧き上がらせて、それを力に進んでいきたいという歌である。わたしも何かを好きだという気持ちが持つパワーはよくわかっているつもりだし、それをもって今のつまらない日常を打破したい、そしてその気持ちはかつての自分が持っていた何かに夢中になる気持ちなんだということに強く共感している。

 

 「ねぇきっといつか夢だって叶えてみせるって そうやって強く強く誓ったじゃない ねぇ何度つまずいたってまた立ち上がるって そう決めたのにgive me love again」

これは一番のサビの歌詞である。

青野さんにとって声優というものがどれほどの夢だったのか、それはわからない。だが、こう歌っていた青野さんが辞めてしまうことにわたしは悔しさを感じずにはいられない。結局、気持ちの整理なんてつかなかった。なぜ、どうして、そんな気持ちがいつまでもわたしの胸を漂っている。

 

でも、だからこそわたしも「青野さんが決めたことならば」という言葉を口にしてしまう。その決断を尊重するし、そうやって決断できることがすごいとも思っている。 

 

 

 

 まとまらない。すごいものを見た。素晴らしいパフォーマンスだった。でも、やっぱり辞めてほしくはない。声優が変わっても8beatStory♪も8/pLanet!!も橘彩芽も変わらずに応援するしついていく。青野菜月さんのことは忘れない。新しいメンバーになる方のことも応援する。青野菜月さんの演じた橘彩芽を、青野菜月さんの凛とした姿を、ステージ上での力強い歌声を、ずっと忘れない。

 

 

 

 

 

歩めよ乙女、橘彩芽。