『アイドルコネクト』の『Star*Trine』 —セピアがカラフルに変わる夜—

 

この日我々が持ち寄ったものは、感謝でつつんだ諦念だった。

しかしそこで我々が見たものは、本物と、そして未来だった。

そして我々が持ち帰ったものは、幸福と、確かな希望だった。

 

あるオタクの日記 2017年9月17日

 

 

結論から言おう。アイドルコネクトは復活した。

終わりの日は始まりの日だった。別れの日は出会いの日だった。アイドルコネクトのユニットソングCD、そのアルバムのタイトルを覚えているだろうか。

 

————『初めまして、大好きです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年9月17日、昨年11月いっぱいをもってサービスを終了したソーシャルゲーム『アイドルコネクト -AsteriskLive-』の初めてのライブイベントが、先月発売されたCD『Star*Trine』のリリースイベントとして行われた。出演者は、春宮空子役森千早都さん、瀬月唯役相坂優歌さん、高花ひかり役芝崎典子さんの三人である。本記事は、主にそのリリースイベントとそしてその前後の私の想い、そしてアイドルコネクトに関するもろもろの少しを書き記すものである。

私のアイドルコネクトについての想いや、このイベントに対する想いは、先月CD発売の少し前に書いた以下の記事を見ていただきたい↓

 

nun-tya-ku.hatenablog.com

 

この記事で書いたように、私は今回のイベントが本当のお別れのときだと覚悟していた。ゲームが終了してから約10か月。ストリエでのストーリー更新や、未発表曲収録CDの発売、そして今回のライブイベントと、"終わった"コンテンツのファンからすれば望外な幸せと言ってよかった。そしてもう、今回こそは…… 表向きには感謝を、心の中には覚悟を。私は台風を先導するかのように、関西から秋葉原へ向かった。

この日、私は節約のためと新幹線は使わずに鈍行で向かった。だが本当は、秋葉原に着くのがこわかったのかもしれない。行きの電車の窓から見た景色は常に灰色で、電車に揺られながらひたすらに聴いていたアイコネの曲たちは、そのかわいい歌声とは裏腹に、あたかもレクイエムであった。魂を鎮められるのは、アイコネか、それとも私自身か。

台風接近の折柄、もし在来線が止まりそうになれば迷わず新幹線に乗り換えようと心の準備はしていたが、結局熱海あたりまではほとんど雨も降らず、15時ごろ無事に雨模様の秋葉原に到着した。秋葉原に着くとまずはお三方に渡すお手紙の清書をし、そしてオタクと合流。これから行われるライブに対する楽しみな気持ちと緊張感と、そしてほんの少しの沈痛な思いを胸にしまい、アイコネの思い出話などをした。イベントは20時から。19時過ぎに店を出て、イベント会場へと向かった。

 

会場に着き、イベントスペースを見渡すと、たくさんの席、フラスタ、そして撮影用のカメラ機材と、リリースイベントとしてはなかなか立派なものであった。私は席に着き、開演までの30分をなんとも言い難い気持ちのまま待った。とっくにサービスが終了したゲームのライブにこれだけの人が集まっていることは単純にうれしかったし、ここにいる人たちの抱える気持ちに思いを巡らせたりもした。しかしその場の空気は、待ちに待ったイベントを前にした高揚感の下を漂うように、寂しげなため息をはらんでもいたように感じた。

ここで私の関心事は、なんといっても今日がどういうイベントになるのかということであった。『Star*Trine』は歌うにしても、それ以外の曲は歌ってくれるのだろうか。私の願望は『Star*Trine』に加えて3人がソロ曲を1曲ずつ、そしてメモリアが3人中2人来ているので、メモリアのユニット曲を1曲の計5曲というものであったが、正直『Star*Trine』だけ歌ってあとはトークで終わりというのもありえるだろうなとは思っていた。『Candy Star☆ミ』が聴きたいなあなどと期待とも言えないような思いを抱いていると、20時になりついにイベントは始まった。 

 

 

 

何度も聴いたイントロが会場に流れる。

『空になるよ、このハピネス。』

アイドルコネクトのセンターと言える春宮空子のソロ曲。

不意を突かれた。開幕からMCなしでいきなり曲を、それもソロ曲をやってくれるなんて。本当にライブに来たみたいじゃないか、そう思いながらゴソゴソとペンライトを取り出し、赤く光らせたそれを夢中になって振った。森千早都さんが、春宮空子が、自分と同じ空間で空ハピを歌っている。しかもちゃんとダンスをしている。自分は今、歌って踊る春宮空子を見ているんだ。それがただただうれしかった。

 

「例え空になれぬとしても 手作りでも、憧れでも、 この流星なら消えない」

「もしもいつか、手渡しても 消えることのない メモリーモリー

 

空ハピの歌詞である。そうだよな、消えないんだ、そんなことを思った。

 

そして画面は暗転し、森さんに代わり次のシルエットが見えた。照明が点く。

『spica heart』!!!

大好きな曲だ。アップテンポで明るい曲でもあり、空ハピのときはまだ戸惑いも感じられた会場もここにきてスイッチが入ったように盛り上がる。私は接触不良で調子の悪いペンライトをしまい、徒手空拳に切り替えた。芝崎典子さんは高花ひかりだった。ニコニコ笑顔で歌い上げ、2番に入る前の「Come on !!」のところは最高に楽しかった。「ヒカリ目指せ」の歌詞で指を前に突き出すところもめちゃくちゃよかった。

 

「ハチャメチャ近道 進むしかなくない? 見つけた未来へ 今走り出せ Yeah!!」

 

そして曲が終わり芝崎さんははけ、代わりに相坂さんがステージに立つ。暗転したステージ上に立ち、曲の始まりを待つそのシルエットは、まさにアイドル瀬月唯であった。このシルエットを見た瞬間、私は今自分はアイドルコネクトのライブに来ているんだ、と強く感じ、涙があふれてきた。曲が始まる。

『恋スル私←New!』

憂うような表情、スッと伸びた指、透き通るような歌声、そこにいたのは紛れもなく瀬月唯だった。ため息が漏れた。何度も見たゲームでの振付けが目の前で見られて感動した。2番の「重ねて見ちゃって 君に電話」のところで耳に手を当て電話をするような振付けが本当に最高で、恋スル私をこれまで何度となく聴いていて頭に思い浮かべたことが今目の前で行われているということに頭の中が幸せな感情でいっぱいになった。

 

「好きな食べ物とか 思い出の場所 全てを見るたびに 君を思い出すよ」

 

ところで『恋スル私←New!』には少し特別な思いがあった。

これはアイコネのCDを遅ればせながら購入し、初めてフルで曲を聴いたときのつぶやきである。曲名が間違っているのはお許しいただきたいが、それはそれとして、このときに見えたものは妄想なんかではなかったことが、見間違いなんかではなかったことが、本当にうれしくてうれしくて、始まる前のシルエットを見たときにあふれた涙は、歌の間ずっと止まることはなかったのだった。

 

まさに夢のようなソロ曲3曲が終わり、ステージ上には3人が集まる。まずは自己紹介から。なんでもない、なんでもない自己紹介のはずなのに、こんなにうれしい自己紹介は他にないだろう。3人ともゲームの収録からは1年は経っていたであろうのに、バッチリキャラの声で自己紹介をしてくれたことが、本当にうれしかったのだ。春宮空子、高花ひかり、そして瀬月唯。相坂さんが「子猫ちゃんたち」と王子様モードの唯をやってくれたときは、自分が女だったら昇天していただろう。男でもあれはダメだ、恋に落ちてしまう。

相坂さんはアイドル的な役をするのが初めてで、これからライブとかできるのかなーやりたいなーと思っていたらまさかの「いろいろあって……」サービスの終了。もう唯として歌うことはできないのかなと思っていたら今回のイベント。話が来てすぐに返事をして出演に至ったとのこと。話が来てすぐに出演を決めたというエピソードが、唯のこと、アイコネのことを今でも好きでいてくれているんだ、ということがうかがえて私としては本当にありがとうという気持ちになった。

森さんはオーディションで空子のことをかわいい、このキャラをやりたい!と思ったことを話してくれた。そのとき隣で森さんの方を見ながらひたすらうんうんと頷いている相坂さんが印象的だった。

芝崎さんはこうしたステージで歌うのは初めてで緊張したという話。しかし正直、先ほどの「spica heart」は初めてとは思えないほど見事なステージだった。会場からは「推せるー!」の声。思えばこのときすでにイベントに来ていた人たちは芝崎さんのオタクになっていたのだった。

 

実はここで私は一つだけ残念に思っていたことがあった。空子のもう一つのソロ曲『青春ハイタッチ』のことである。私はこの曲が大大大好きで、この曲を聴いて何度も笑顔になることができた。願わくば『青春ハイタッチ』を生で聴きたい、そう思っていたのだが、すでにソロ曲は1曲ずつ歌われており、さすがにソロ曲を2曲とも歌うということはないだろうと思っていたので、この時点でもう『青春ハイタッチ』は聴けずに終わりかな、それでもあの3曲を聴けたんだから一つも文句はないけれど…… と思っていた。

 

しかし、である。3人の挨拶が終わると相坂さんはこう言った。

「まだ終わりじゃないからね!」

盛り上がる会場。まさかと思う自分。そして相坂さんは森さんに「空子がんばれ」と言って芝崎さんとともにステージからはける。おいおい、本当にやってくれるのか?このときにはもう、気持ちは抑えられないところまで来ていた。そしてステージに残った森さんが言う。

「みんなで一緒にハイタッチしましょう!」

やった。やったやったやった。その一言は、どんな天使の言葉よりも優しく、そしてうれしく響いた。私は骨が砕けんとするような勢いで手を叩いた。(近くにいた方すみませんでした)

 

手を顔の横に当て、曲が流れるのを待つ森さん。準備はできているが今一つ裏とタイミングが合わず苦笑いだ。そして曲が始まる。——『青春ハイタッチ』!!!

「1,2,3,4,2,2,3,ハイッ!」♪~「Let's go!」

本当に幸せだった。「幸せ、届けー!」というのは空子の印象的なセリフであるが、届いている、幸せは確かに届いている、そう伝えたい。「待ち合わせの駅でハイタッチ」のところでハイタッチをする振付けのところで自分も右手を挙げてハイタッチをした。空子とこうしてハイタッチすることができるときが来るのか。現実もフィクションも、そんなものはもう関係がなかった。

 

「当たってくだけろで良いから 思い切り手を振って 当って駆け抜けるトンネル 出口はそこだ! 叶えたいって想いが 君を強くする 大丈夫!!」

 

「叶えたいって想い」

つい数分前までの、『青春ハイタッチ』を聴きたいと望んだ自分が見えた。 アイドルコネクトのライブに行きたいと思った自分が見えた。アイドルコネクト終わらないでくれと願った自分が見えた。私は強く、なっていたのだろうか。いや、大丈夫だ。

曲の最後、空子はふぅ~~~と手に乗せたものを客席へと吹きかける。あれは希望か幸せか。私たちは、確かにそれを受け取った。

 

そして次はこの曲だ。芝崎さんがステージに上がる。

『あなたらしく、私らしく』

『spica heart』とは違いゆっくりとしたテンポの曲だが、優しく語り掛けるような曲調と歌詞が全身に染み渡る。リズムに合わせて腕を高く突き上げる芝崎さんが本当にかわいかった。気を抜くとすぐに芝崎さんかわいかったになってしまうのはご容赦いただきたい。ずっとニコニコしているのが最高にかわいい。

 

「明日のことで悩んでないで 今日のランチは何にしようか? 見えない不安を恐れてるより 今を楽しまないと」

 

今このときを楽しむことを肯定してくれるような歌詞が、これまでこの曲を聴いたどのときよりも深く刺さった。

 

そして、曲が終わり、相坂さんがステージに。あれが、あの曲が来る。イントロ前のクリック音。唯の歌声が響く。

『WHITE PAGE』

たまらない。この曲は、2曲目のソロ曲のうち、唯一ゲーム内に収録されていた曲だった。だからこそ、こうやって今生で曲を聴くことができているのが本当に夢のようだったのだ。もちろん、前半にやったソロ曲3本もゲーム内に収録されていたわけだが、『WHITE PAGE』はその歌詞とも相まって、何か特別な、そんな位置づけが自分の中でなされていたように、ずっと感じていた。本当にこの曲を歌う相坂さんが、瀬月唯が、カッコよくてきれいで…… そしてなんといっても、「呼び声は キラキラ輝く姿でずっと」のところで手を顔の横で横に振る振付けが最高だった。これはゲーム内のMVでも非常に印象的な振付けであったのだが、CDが出てからフルで聴くときも、いつもこの箇所では頭の中に残っているあのMVのように手を振っていたものだ。それが今、目の前で見られているという感動。私も唯に合わせて振りをやった。こんなに幸せな振りコピはない。

 

「君とキラキラキラめく 未来でずっと みんなのために歌って あの日の私も大事な記憶 忘れないよ 光差す 涙の向こう」

 

「光差す 涙の向こう」 この歌詞で締めるのがズルい。あふれる涙を拭おうともしない私は、この向こうにある、光差すものに思いを巡らせた。

 

 

この日出演した3人のソロ曲、全6曲をすべて聴くことができた。予想を大きく上回る、最高の体験だった。幸せに包まれたまま、明るくなったステージに3人が集まる。

するとここで。スクリーンが降りてきて、アイコネのスタート画面が映し出される。

ザワつく会場。重大発表?いったいなんだと言うのか。私はただ、次の言葉を待った。

 

それは、"未来"だった。

 

アイドルコネクトのノベルアプリ化決定の発表だった。それが知らされると、会場は爆発的な歓声と、割れんばかりの拍手に包まれた。相坂さんは戸惑ったように「ノベルアプリだよ?勘違いしてない?」と訊くが、その場にいた誰もが、ノベルアプリだということを認識した上で歓声を上げていた。アイドルコネクトのアプリがまた出るということ、そしてノベルアプリで彼女らの物語がまた紡がれるということ。本当に不意打ちだった。まさか本当に、このリリースイベントで次につながる発表がなされるとは。

「アイドルコネクトが終わらない」

このことが、一体どれだけうれしかっただろう。あのときの会場の空気は、開演前のあの空気とはまったくもって別物になっていた。我々の心にもはや諦念はなく、未来への希望と大きな感謝が会場を包み込んでいた。あのときの森さん、相坂さん、芝崎さんの気持ちはどんなものだっただろうか。そして後ろにいた、社長を含めた関係者たちは、どんな気持ちになっただろうか。少なくとも、伝わっていたことは確信できる。心からの思いが激しく共鳴し、大きくなり、伝わる瞬間。そんな瞬間を肌で感じることができたのだ。あの空間に居られたことは、アイドルコネクトということすらも超えて、はっきり言って人生の財産になったと思う。

 

そしてついに、最後の曲になってしまう。イベントが終わってしまうことはもちろん寂しいが、それは開演前に想像していた気持ちとは違ったものだった。そしてただ、最高の気持ちでこの曲を楽しもう、そう思った。

『Star*Trine』!!!

この日初めて、3人が一緒にステージで歌う。歌も、ダンスも、最高のパフォーマンスと言うほかなかった。この日のために3人で練習を積んでいたのだ。それが感じられることが本当にうれしかった。もう会場のボルテージは最高潮で、全員が最高の気持ちでこのライブを楽しんでいたはずだ。曲のどこかで、相坂さんと目が合った(と感じた)。もう、最高だった。サビ終わりの「当たり前の想いに ゆびきりをした」で小指を前にのばす振付けがめちゃくちゃ良かった。あの場で3人とゆびきりをしたのだ。ならばもう、信じるしかないだろう。

そしてなんといっても『Star*Trine』の歌詞が、今このときのアイドルコネクトそのものであるかのようで、ただただ圧倒されてしまった。

 

「『届けて』繋げていたい 星が足りなくても キミに放つ スタートライン」

「『可能性』にtouch! 『果て』までLink! セピアをカラフルに変えて」

「『弱気』にgood bye! 『はばたけ』sing! カラフルを虹へと変えて」

「『届けて!!』 終わりの場所気づいても 星をたどり(星座結び) つなげていくの*キミ*まで!」

「あの月のように 夜をともしつづける 「笑顔をあげたい」 ただ一つの願いを 信じ続けた」

「『信じて…』 明日に光があるなら 繋がってく(繋がってく!) もう迷わない*ワタシ*へ!」

「初めの気持ち、無限の夢に変わる」

 

実は、初めてこの曲を聴いたときから、曲どうこうよりも「この曲でアイドルコネクトは終わってしまうんだ」という思いが先に来てしまい、素直な気持ちでこの曲を聴くことができていなかったと、今振り返ってみてそう思う。それが、今日の最高のライブを、そしてノベルアプリの発表を経て、目の前で最高のパフォーマンスとともに届けられると、見事に「セピア」が「カラフル」に変わって見えた、変わって聴こえた。どこか空々しく聞こえた歌詞は、すべてが鮮やかに色を放ち、本当の姿がそこに現れる。我々は「ただ一つの願いを信じ続けた」のだ。それがこれから「無限の夢に変わる」のだ。いつかこの「カラフル」が、きれいな「虹」になって大きな橋を空に架けることを信じて。

イベントが始まるまでは、(この曲、ちゃんと盛り上がれるかな……)と不安にもなっていた。しかしその場にいたみんなが最高に盛り上がっているのを見て、もちろん自分も最高に盛り上がっていて、それを自覚して、本当に、本当にうれしかったのだ。

『Star*Trine』が本当に「スタートライン」になった瞬間であった。

 

ライブは終了し、3人はステージを降りていく。会場からは本物の拍手と歓声、そして心からの「ありがとう」の声。それに応える3人。そして相坂さんはこう言った。

「またね!」

その言葉が、演者の方からその言葉が聞けたことがどれだけうれしいか。今日ここに来て本当によかった。そして、絶対に次があるのだ、そのことを強く感じた。

3人が見えなくなり、会場の電気がすべて点いても、大きな大きな拍手は鳴りやまなかった。このとき、ここにいる人たちの気持ちは一つなんだと感じた。これほどに力のある拍手を、私はこれまで体験したことがない。これこそが本物なんだと、心から思った。

 

興奮冷めやらぬまま退場となる。ふと会場の後ろを見ると社長が誰かと固い握手を交わしていた。その表情を見るに、私が感じた本物は嘘なんかじゃなくて、社長にも絶対に届いたのだと確信できた。本当にこんなことがあるのか。まだ夢の中にいるような気持ちだった。

階段を下りていると後ろから声が聞こえた。「今日ほんとに来てよかったねー!」

私はそれを聞いて、また泣いてしまった。その声にもはや終わってしまった悲しみはなく、幸せと満足感を詰め込んだような声だったからである。

 

店の前の道に出て、開演前に合流したオタクと再度顔を合わせる。そこからは感情があふれ出すのを止めることができなかった。もはや日本語を話すことは不可能で、顔は幸せそのものであった。ただひたすらずっと、「うれしい、うれしい」「終わってからこんな気持ちになれるなんて」と言い合っていた。

 

 

こうして特別な日は幕を閉じた。正直に言ってイベントが始まる前までは、このイベントが終わってから自分はアイドルコネクトとどう向き合えばいいのか、想像ができなかった。考えたくなかったと言ってもいい。しかし今、こうして明るくアイドルコネクトのことを語れていることが、本当にうれしいのだ。もちろん、次に出るノベルアプリが上手くいく保証はない。マネタイズだってどうなるかわからない。結局はただの延命でしかないのかもしれない。

客観的に見れば、それは正しいだろう。そして、アイドルコネクトというコンテンツが崖っぷちにいることも、その通りなのだろう。

しかし、あの場にいたことで、明らかに何かが変わるのを感じたのだ。それは言葉で表せる類のものではない。だが、あそこにあったのは本物だった。

だから私は、「信じる」ことができる。私は人生で初めて、「信じて」いる。アイドルコネクトのことを。あの場にいた人たちのことを。

 

 

 

翌日、台風が過ぎ去った東京は暑い日差しを浴びながら晴れた空に包まれていた。

私は中央本線を走る小淵沢行きの列車に乗る。

窓から見える四角の景色は、昨日見た灰色のそれとは違い、鮮やかな色を放っている。青い空、白い雲、緑の山々。そしてアイドルコネクトの曲を聴く。イヤホンから鮮やかな音が流れ込む。昨日まで何度も聴いていたはずの曲が、すべて違って聞こえてくる。

こんな経験は初めてだった。私は車内で涙をこらえることができなかった。昨日生で聴いた曲はもちろん、そうでない曲も、「セピア」が「カラフル」に変わっていた。昨日の夜を境に、世界が変わっているのだ。いつか、すべての曲を生で聴きたい。そんな絵空事のような望みは、信じられる願いに変わった。私の心はとても大きな"幸福"と、確かな"希望"を手に入れていた。

 

 

 

 

「ここみーなの"仁義なき"夏祭り」トークイベント感想 —納沙幸子は"ココ"にいた—

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・御託

9月2日(土)、秋葉原にて一つのイベントが行われた。「ここみーなの"仁義なき"夏祭り」トークイベントである。ここみーなとは、アニメ『ハイスクール・フリート』に登場するキャラクター、納沙幸子(のさこうこ)、ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクの二人のことである。(愛称がココちゃんとミーちゃん) 今回はその二人を演じる黒瀬ゆうこさん、五十嵐裕美さんによるトークショーが開催されることになったのだった。

……とまあそんなことはハイスクール・フリーターたる皆さんには説明の必要もないことであろうか。今回私はこのイベントに運よく参加することができ、そしてこのイベントが大変充実した、とても楽しい、本当に行って良かったと思えたイベントであったので、ここに感想を記したいと思い立ち、こうしてブログを書いている次第である。

ところで、普段私はイベントに行ったときにその感想を文章にまとめて書き残すことはしない。もちろんまとまった文章を書くにはなかなか腰が重いということもあるし、その日その時その場所限りという刹那性や日常と切り離された夢幻性もそうしたイベントの醍醐味の一つだと言い訳をして考えているからである。その結果、「楽しかった」という記憶だけは残るものの、そのイベントで何が起こりどんなことを通して「楽しかった」という感想を持つに至ったのかということに関しては、それこそ印象的だったものに対する少しの曖昧な記憶を頼りにするしかなく、貧弱な記憶力をもどかしく感じることも多々ある。

しかし今回のイベントは本当に楽しいものであった。3列目という前の方で見れたことでトーク内容だけでなくお二人の動きや表情もよく見ることができ、このイベントの記憶が薄れていってしまうことは人生の損失であると考えたため(オタクはすぐ大げさに言う)、重い腰を上げてカタカタとキーボードを打っている。忘れないうちに。つまりこれは、未来の自分のための文章だ。

いつもの御託であった。オタクだけに。

・イベント参加まで

イベント参加のためには秋葉原のイベント会場で2000円購入ごとに回せる抽選のガラガラで当たりを引く必要があるのだが、関西在住の私は何の因果かたまたまイベント開始前日に東京で用事があったため、イベント開始日にイベントスペースに足を運ぶことができた。

ただまさかトークイベントに行けることになるとは思っておらず、友人と合わせて抽選一回分グッズを購入し、ヘラヘラしながらガラガラを回したら、……当たってしまった。一緒に来ていた関東に住む友人に譲ろうとしたが、自分で引いたのだからと持たせてくれた。トークイベントのためだけに東京来るのか……と思ったが、一度黒瀬ゆうこさんは生で拝見したいと思っていたのでありがたく受けることにした。ガラガラを回して当たりの赤玉が出たときに「当たってしまった……」と声が出たのも覚えている。

 

とはいえイベントを楽しみにしていると、うまい具合にこれまたイベント前日に東京で用事が入り、またそのイベント当日の夕方にも別のイベントを回せることになってこれ幸いと当日を迎えた。

トークイベント内容

当日は券面に書かれた整理番号順に列形成をしてから入場という形だったが、ちょくちょく抜けが発生しており、やはり地方から来て抽選だけ回して当日来れなかったという人もそれなりにいたのだろうかと思う。参加者は百数十人ほどだったと思うが、せまいスペースで列形成をするのはなかなか大変そうであった。ただもたつくことは特になく、14時半から列形成が始まり、余裕を持って15時からのイベント開始を待つことができた。

トークイベントの会場もかなり小さく、 百人弱が座り、その後ろに立ち見が出るという形であった。入場時にイベントの中で使うであろう「A」「B」「C」と書かれた3枚の紙を受け取り、自分の席へ。私は3列目であったが横との距離が狭くちょっと縮こまらないといけないものの、登壇者はとても近くよく見えてこれは期待できるなという感じであった。

 

さてイベントが始まる。メモなどはとっておらず記憶を頼りに書くので、細かい言葉の違いなどはご容赦いただきたい。まずは司会を担当するお笑い芸人の三平×2氏(@sanpeimihira)、松崎克俊氏(@yasashii_matsu)によるオープニングトーク。私はお笑い芸人が司会を担当するオタクイベントは初めてであったが、やはり芸人というだけあって声がよく通るし自然に笑いも取りつつでとてもよかった(天空目線)。自分も含めた参加者たちの中で彼らを知っていたのは3割ほど(私は失礼ながら存じ上げなかった)という中途半端と言えば中途半端な知名度(失礼だ)であったが、お二人もオタクでありこうしたイベントの司会を務めることはちょくちょくあること、またお笑いのイベントよりもオタクイベントの方が反応が返ってきてやりやすい、「お笑いの客は冷てーんだ!」とオタクに媚びを売りながら話して場を温め、さっそく黒瀬さんと五十嵐さんが登壇。

 

まずは二人のキャラクターのセリフを交えた自己紹介。黒瀬さんはさっそくあの名セリフを披露してくれる。

黒瀬さん「われわれは、ブルーマーメイドの教官艦というちっぽけな存在ではない!宣言する!われわれは、独立国家」(ここでマイクを客席に向ける)

全員「さるしまー!」

松崎さんの「あの声は本当にここから出ていたんですね」という感想はもっともで、納沙の記念すべき初一人芝居のシーンを生で聴けたことに感動感動であった。

続いて五十嵐さんであるが、残念ながら五十嵐さんはお声の調子が悪く、トークにはスケッチブックとサインペンを使ってフリップで参加というような形であり、自己紹介も名前だけでキャラセリフは披露することはできなかった。しかしそこで黒瀬さんである。五十嵐さんとせーので合わせ、ミーナのこちらも名セリフ

「ササラモサラにしちゃれい!」

をミーナの声真似で言ってくれた。黒瀬さんは五十嵐さんの調子が悪いということで五十嵐さんが選びそうなセリフを事前に練習してきたそうだ。さらに黒瀬さんは「素の五十嵐さんの真似もできるんですよ~」と言い出し、いきなり「ねえちょっとさ、ちょっと聞いて~」と(黒瀬さん曰く飲み会のときの五十嵐さんだそう)五十嵐さんの真似を披露。このあたりで、あっこの人めっちゃ納沙じゃん……と思った。なんなら司会のお二人もここですでにちょっと戸惑っていたように思う。

 

続いて話は二人のオーディションのときの話に移る。黒瀬さんは納沙以外にも「栗みたいな名前の子」(柳原麻侖)、「二人一緒の子」(杵崎姉妹)も受けたらしい。黒瀬さんが演じるマロンちゃんもそれはそれで見てみたい。また、普通はオーディションの段階でメインキャラがわかるのだが、『はいふり』では31人の晴風乗員のなかで艦長と副長を除けば誰がメインでたくさん出てくるのかが全然わからず、台本をもらうまで自分の受かったキャラが毎週出てくるとは思わなかったようだ。台本をもらったときも、初めは「あ、一話から出られるんだ」と思ったくらいだったが、開けて自分のキャラのクレジットの位置を見て、久保ユリカさんのとなりに名前があるんですよ!え、あの久保ユリカさんですよ!!」という興奮だったようだ。(考えてみればその久保ユリカさんがもっている番組にゲストで呼ばれたわけで、喜びも一入だったことだろう)

 

また五十嵐さんは『みなみさんも受けた』とのこと。またミーナに決まったことには『意外ー!いがいー!』(なぜか漢字とひらがな両方書いていた)と思ったらしい。(ところでイベントでは初め、この『意外ー!』を黒瀬さんへのツッコミと解釈して話が進みかけたが、この『意外ー!』は五十嵐さんがミーナに決まったことに対する感想として書いたものだろう)

意外だったんですか?と話を掘り下げようとした次の瞬間、黒瀬さんが「五十嵐だけに?」と突然のボケ。さすがに会場がシーンとなったものの、俺はそんな黒瀬さんが好きなんや……

 

続いて、演じたキャラクターと自分の似ているところは?という話題。

司会の三平さんがトイレットペーパー回で納沙が「ジンバブエドルしかないですけどいいですかー?」というネタをかましたシーンの裏設定として、納沙はいつでもネタをかませるように常に財布にジンバブエドルを入れており、あのシーンはついに訪れたここぞという場面だったという円盤のブックレットに書いてある話を拾い、(三平さんさすがよく知ってるな)それと似たことを実はやっているんですよーと黒瀬さん。黒瀬さんも常に財布に2000札を入れていて、飲み会のときなどに「私2000円札しかないんですけどいいですかー?」というネタを毎回狙っているという、そんなことある?というくらいの納沙とのシンクロである。ちなみにときどき「いいよー」と返され、内心で(ふざけるな!私の2000円札また補充しなきゃじゃないか!)と思っていたりするらしい。

 

また、黒瀬さんと五十嵐さん、お互いのことをどう思っているのかという話題で、五十嵐さんが黒瀬さんについてフリップにサラッと書いて客席に見せるには『変』と一文字。しかしよく伝わる。黒瀬さんは本番が始まる前に、いつもカバンかなにかにつけて持ち歩いているぬいぐるみを「友達」として五十嵐さんに紹介したそうだ。アニメ存在かよ……

 

続いて事前に参加者から募集していた二人への質問コーナー。一つ目の質問は、……

『好きな音楽はなんですか?』

普通!はいふり関係なし!でもそういうのもいいですよね。

 

黒瀬さんはアイドルの曲が好きだそうで、AKBや乃木坂を聴いたりするそうだ。

一方の五十嵐さんもアイドル曲が好きとのこと。さらに『なんか暗い曲』という文字に会場は「???」という雰囲気。黒瀬さんは「暗い曲って……ベートーベンとかですか?」という突然のビックリ発言。いやわからないでもないけど…… ちなみに「『運命』とか暗くないですか?」と少し顔をしかめながらガチトーンで言っていたので天然だったと思われる。(その後五十嵐さんから『めっちゃ失恋の曲とか』という表明が入った)

 

二つ目の質問は「ココちゃんのウエストポーチを持っているのですが、タブレットを入れる以外に何かいい使い道はありますか?」というもの。

この日もバッチリココちゃんのウエストポーチを身につけてイベントに臨んでいた黒瀬さん。ポーチの中にはこのイベントの台本を入れていたようだ。と思いきや五十嵐さんにポーチのなかをまさぐられ、納沙のグッズを取り出されていた。本当に好きなんだな…… さらにポーチには劇中と同じ赤い御守りをつけていたりと、納沙への愛が非常に感じられてとても良かった。 

 

そして会場から一つだけその場で質問を募ることに。そしてなぜかお客さんを着ている服の色で呼ぶ黒瀬さん。質問内容は「演じている中でキャラクターに寄せていったり、逆にキャラクターが自分に寄ってきたりするものですか?」というようなものであったように思う。

黒瀬さんは、原作のないオリジナルアニメなので12話やるなかで自然と寄っていく、というような回答をしていたように思う。(このあたり少し記憶があやふやではっきり覚えていない)

 

次のコーナーは二人の対決企画であった。三番勝負をして負けた方が「人生で一番恥ずかしかったことを大声で告白する」という罰ゲームに対し、「ふーん」と薄いリアクションの黒瀬さん。そのことを三平さんにツッコまれると「でも勝てばいいんですよね?」とバッチリフラグを立てることに成功する。果たして……

 

一本目の勝負は懐中電灯を多数用意し、その中に一つだけある電気が点かないものを引いたら負けというもの。会場を暗くし、二人は順番に手に取った懐中電灯をアゴの下に置き、ポチッ。順調に懐中電灯を点けていく二人。残り三つになったところで黒瀬さんの番になった。三つとも手に持ち、一つ選ぶも何の根拠か「あっこれヤバそう」と持ち代える。そして、

……ちゃんと点いた。

残り二つとなったところで二人いっせーので点けることに。黒瀬さんは先ほど「ヤバそう」と言った方をとってしまう。『いっせーの!』五十嵐さんの懐中電灯が点く!「ーで!」なぜか息が合わない黒瀬さんの懐中電灯は点かない。見事すぎるフラグ回収であった。

 

続いての勝負は、松崎氏が選んだ「会ってみたい」7人のうち、一人だけいる「実はそうでもない人」を選んだら負けというあんたのサジ加減だろすぎる勝負。もちろん事前にハズレは決めているわけだが。

後ろの人のためにも7人の名前を読み上げる黒瀬さん。「マリリンモンローさん、イチローさん、織田信長さん、藤井聡太四段さん…」と全員をさん付けする黒瀬さんに会場はややウケ。

黒瀬さんから勝負は始まり、マリリンモンロー→(誰か忘れてしまった)→織田信長と本当に会いたい人を選んでいき、続いて五十嵐さんの番。五十嵐さんはイチローを選ぶ。手堅い選択かと思いきやまさかの「そうでもない人」でハズレ。理由は「野球は好きだがカープファンなので、イチロー選手はオリックスだしまあ、ね」とのこと。いや、カープファンでも会いたがれよ!

 

ともあれこれで1勝1敗。最後の勝負はリアルロシアンルーレットということでエアガンの銃口に風船を膨らませ、一人ずつ撃鉄を起こして引き金を引き、弾が出て風船が割れたら負けという仁義ない感じの勝負。

さっそく五十嵐さんからスタート。おもむろに銃をとなりにいた松崎氏に向ける五十嵐さん。まあそうなりますよね。銃を向けられて引き金を引かれるまでの松崎氏のビビリ顔はまさに芸人の顔でさすが……と思った。しかし空砲。

続いて黒瀬さん。当然のようにとなりにいた三平さんに銃を向ける。空砲。

五十嵐さん。空砲。

そして黒瀬さん。パァン!風船が割れるとなぜか両手を突き上げて小ジャンプして喜ぶ黒瀬さん。めっちゃかわいかった。めっちゃかわいかったのだがどうやらルールを理解していなかったらしく割れたら勝ちだと思っていたようだ。そんなアホな。すぐさま三平さんに負けを指摘され、五十嵐さんにも『ルール!』とツッコまれようやく自らの敗北に気付いた黒瀬さん。露骨にガッカリしてい(てかわいかっ)た。

 

というわけで 「人生で一番恥ずかしかったことを大声で告白」タイム。

 

黒瀬さん「道で一人で会話の練習してたら小学生に後ろから追いかけられたー!!!」

 

聞けば黒瀬さんは普段から道で会話の練習(セリフの練習ではない)をしているらしく、(例えば、「えー人生で一番恥ずかしかったことですかー?うーんとですねー」みたいなことらしい)あるとき気づかないうちに声が大きくなってしまい、道端で一人でデカい声で会話するヤバい人になってしまったらしい。後ろを振り返ると小学生の集団がこちらを見ながらヒソヒソしゃべっており、恥ずかしいと思った黒瀬さんはその場を後にしようとするも小学生たちは追ってきて、さらにときどき追い越されて振り返ってこちらを向き、顔を見てニヤニヤされ、そしてまた後ろにまわってつけられたりたまに顔を見てニヤニヤされたり……といったことがあったそうだ。

いや、エピソードとして強すぎんか?

しかも「一人で」「道を歩きながら」「会話の練習」のあたりが完全に納沙である。リアルココちゃんここにあり……

 

さて、続いては会場参加型のコーナー。二人に対して三択の質問を事前にしており、二人の答えと同じものを選ぶというもの。正解すれば勝ち残りで、最後まで残った三人にはサイン入りポスターがプレゼントされるというものであった。

一問目は黒瀬さんへの質問。

「この中で、仕事の悩みを相談するなら誰? A:納沙幸子、B:ヴィルヘルミーナ、C:岬明乃」

会場「えー?」「難しい……」「どれだ……」

三平さん「君たちほんといいリアクションしてくれるね」

さて正解は、……B!

まあそうですね。理由は「ミーちゃんが一番まともそう」という身もふたもないものだった。私は、(仕事のことということは声優の仕事のことだから……一人芝居をよくする納沙に芝居のことを聞くのではないか!?)というオタク特有の深読みでAを挙げたが、あえなく一問目で撃沈した。

 

二問目は五十嵐さんへの質問。

「この中で一緒にショッピングをするなら誰? A:納沙幸子、B:ヴィルヘルミーナ、C:西崎芽依」

正解は、……C!

理由は『引っ張ってくれそうだから』黒瀬さんはココちゃんも引っ張りますよと食い下がるが、五十嵐さんは『疲れる』と一蹴。この第二問でわりと人が減る。

 

三問目は再び黒瀬さんへの質問。

「この中で敵に回したくないのは誰? A:万里小路楓、B:鏑木美波、C:宗谷真雪」

正解は、……C!

理由は、「言うてもまりこうじさんもみなみさんも高校生ですから!でも校長はお歳も召してらっしゃいますし、権力もあるし、……」だそうだ。「結局権力かい!」

ここでまたゴソッと減り、残り二人になったのでここで二人は確定。

 

もう一人のプレゼント獲得者を決めるため、三問目の時点で生き残っていた人たちの敗者復活が行われる。四問目の質問(これはちょっと忘れてしまいました)をするもあまり減らず、残った人たちと五十嵐さんとでじゃんけん対決が始まる。掛け声を黒瀬さんが担当することに。

黒瀬さん「じゃーんけー……」と言ったところで待ったが入る。最初はグーを入れましょうということになり、改めて。「最初はグー!じゃーんけーんぽいっ!」

二、三度ほど五十嵐さんとじゃんけんが行われ、二人残ったために最終決戦が行われることに。黒瀬さんが「最初はグー!」と掛け声をかけると、三平さんからのストップ!何かと思いきや何でもなかったらしく、「黒瀬さんが常になにかしら面白いからまた何かやらかしたかと思って止めたけど何もなかった」と謝罪。それに対し黒瀬さんは「いいがかりだー!」の一言。もっともである。

気を取り直してもう一度。「最初はグー!じゃんけんぽい!」の掛け声をする黒瀬さん。参加者同士のじゃんけんなので黒瀬さんは関係ないのだが、なぜか黒瀬さんがチョキを出していてめっちゃよかった。

 

その後物販の紹介が少しあり、ここでイベントのプログラムはすべて終了。最後に二人に感想をもらう。黒瀬さんから言おうとするも、五十嵐さんが「(黒瀬さんは)オチだから」と言って先に話すことに。

五十嵐さんは、声が出ず申し訳なかったが、とても楽しかったと調子の悪いながらも最後はしっかりとしゃべってくれた。ミーナのキャラ声が聴けなかったのは残念であったが、フリップでキレのいいツッコミを見せてくれるなど、そうした中でも登壇してくれて本当によかったと思う。

 

そして黒瀬さん。このイベントのタイトルについて、「すごくないですか!?ここみーなですよ!?メイタマでも、マロクロ(柳原黒木)でもなく、『ここみーな』の夏祭りですよ!?つまり、ここみーながはいふりの中でベストオブザカップリングってことですよ!?!?」と、興奮気味に話し始める。「メイタマでもなく」って2,3回言っていたような気がするし、メイタマに対する(カップリングにおける)ライバル心があるのだろうか…… まあ実際メイタマの人気は高いようである。

そして、黒瀬さんは続けて、

「じゃあここみーなコール行きますよー!はいっ、こっこみーなっ!こっこみーなっ!」(マイクを客席に向ける)『こっこみーなっ!こっこみーなっ!』「ありがとうございました~」

という突然かつダイナミックな切り返しで締め。いやさすがに予想だにしない出来事に黒瀬さん以外瞬間キョトンとしてしまっていた。しかしそれを平然とやり遂げる(?)黒瀬さんである。客席も一瞬戸惑ったものの、集ったオタクたちによるここみーなコールはある意味貴重だったかもしれない楽しいものであった。

突然のここみーなコールに、「全然台本通りとかじゃなくてアドリブだし、これどうやって締めるんだ……」とビビっていたらしい三平さん。黒瀬さん自身も(これやったはいいけどどうしよう……)と思っていたらしい。

 

なにはともあれ、これにてイベントは終了。黒瀬さんと五十嵐さんが退場され、参加者も順を追って退場していった。司会の三平さん松崎さんもかなり手応えがあったらしく、充実した表情で参加者たちが退場するまで壇上でクロージングのトークをされていた。もちろん私も、そしておそらく参加者たちも大いに楽しんでいただろう。あらためて、良いイベントだったと思う。

 

・感想めいたもの

今回のイベントはやはりなんといっても黒瀬さんに尽きると思う。納沙の演技をほとんど地声でやっていたということもあり、少し気を抜くと納沙がすぐそこで話しているような、そんな感覚になれた。また、2000円札を財布に常に入れているエピソードや道で一人会話の練習を声に出してやっていること、トーク中にもちょくちょく声真似を入れてくることなど、随所に""納沙幸子""が感じられ、キャラクターの実在性という、アニメのイベントとしての実のところ最も重要なポイントが図らずも押さえられていたと思う。

 

考えてみれば、黒瀬さんはアニメで主要なキャラを演じることはこの納沙が初めてある。黒瀬ゆうこという人間が声優を志し、そして実際に声優になり、アニメにおける初めてのメインキャラとして『ハイスクール・フリート』というアニメの「納沙幸子」というキャラを務めることになり、さらに骨肉の争いに勝利してOVAの主役に上り詰め、そのかいあってかトークイベントに出演することになる。そして一方私もなんやかんやで『ハイスクール・フリート』を好きになり、関西在住にも関わらず秋葉原で行われるイベントにこうして参加することができた。これはまさに奇跡の連続ではなかろうか。そしてまた、人はときにこうした奇跡を運命と呼ぶ。奇跡なき世界の辞書に運命という言葉は載っていないのである。

 

……またオタクのスキル:ポエムが発動してしまった。

 

納沙幸子というキャラクターとの近接性、一致性を抜きにしても、黒瀬さんのしゃべりは魅力あるもので、是非ともまたどこかの機会で(それがはいふりのイベントであればもちろん良いし、はいふり以外のコンテンツへの進出もまたうれしいことである)聴きたいと思わせるものであった。まあ、平たく言えば黒瀬さんのファンになってしまった、ということである。

 

ところで、イベント終了後の『ハイスクール・フリート』公式のこのツイート(写真)であるが、↓

 

イベント抽選で当たりを引いたときにその場で書いた二人への質問・意見で私は何を書いたかと言うと、「このイベントのポスターにもなっている、ココちゃんとミーちゃんが恋人つなぎをしているイラスト(冒頭に挙げた写真参照:筆者注)が大好きです。お二人にもぜひこのイラストと同じポーズを見せてほしいです」と書いていた。(お恥ずかしながら……) というわけで、イベント中には見られなかったものの、イベント後のショットで私の想いが成就したということになるだろう。もちろん他にも同じことを書いてらっしゃる方がいたかもしれない。まあなにはともあれ、

ありがとう…… 本当にありがとう……

である。いい写真だ……

 

これで楽しかった記憶を少しでも濃く未来に残しておくことができるだろうか。この記事を読んだあなたにも楽しさや好きだという気持ちが伝わっていれば幸いである。

 

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『アイドルコネクト』の想い出、現在進行形、その少し

『アイドルコネクト -AsteriskLive-』というソーシャルゲームがある。いや、あった。…………いや、ある。

 

このゲームは、有り体に言えば生まれてすぐに終わってしまった、死んでしまった。しかし少しだけ特殊な点があるとすれば、このゲームの長い長いお通夜はまだ続いている。昨年8月中旬にリリースし、その3か月半後の11月末をもってサービスを終了したアイドルコネクトはいまだ葬儀場にもっていかれるでもなく、遺族たちはまだその姿をとどめているなきがらに向かって話しかけ、見守り、最後のときを惜しむように、願わくば帰ってきてはくれまいか、そうは言わずともこのままお別れしたくはないと思いながらアイドルコネクトと向き合っている、まるでそのような光景だ。

しかし長く続いたお通夜は、必ず上る朝の陽と、小さいながら盛大なお葬式をもって区切りをつけなければならない。そう、アイドルコネクトにとって初めての現実でのライブが、CDのリリースイベントという形ではあるが来月9月17日に行われるのである。

私はこの現実でのライブというものを待ち望んでいた。アイコネ楽曲についての思いは後述するが、とにもかくにも現実でこれらの曲をライブで聴ける機会さえ与えてくれれば、もうそれ以上は望まない、そう思っていたしそう思っている。だが、実際に「それ」が目の前に置かれると、なんとも言えない気持ちになるのは私だけであろうか。もちろん、うれしい。飛び上がるほどうれしい。実際に目の前で彼女らが歌うことを想像(それはもはや妄想ではない!)すれば骨とて動かせそうなほどにワクワクするし、笑みと感情がにじみ出てくる。もちろん参加できるのは150人であり、私はそれに参加できないかもしれない。参加できなければ肺を握りつぶすほど悔しいであろうが、それとて「アイドルコネクトのライブが行われた」という事実に比すれば些細なことである。

 

しかし、どうしても考えてしまう。区切りを。意識してしまう。お別れを。

 

現実世界でのライブの開催。ゲームが終わったときに考えていたありうる最大限の義理立てを、彼らは、彼女らはやってくれた。やってくれる。もちろんその先を考えないわけはない。ストリエでのメインシナリオの続き、続くCDリリース、次のライブを含めたイベント、そして『アイドルコネクト』の復活……。望まないわけはないし、その可能性がまったくないと言い切ることもしない。アイドルコネクトはキリストが如く死者のうちから復活するか?ソーシャルゲームゴルゴダの丘には、果てしない数のされこうべが転がっているのだ。

果たしてお葬式が終わった後、末永く遺族たちは故人を偲び続けるか。その魂はいつまでも現世に留まりつづけるか。「区切り」がつくそのときは、もう来月に迫っているのである。

 

「お通夜」や「お葬式」といった言葉を使ったことに対し不快を感じる方もいるかもしれない。素直にお詫びしたい。しかし、私はアイドルコネクトと向き合うためにこの言葉を使った。

 

 

いつものように前置きが長くなったが、私の『アイドルコネクト』への思い出を少し書いておきたい。ライブに向けてアイコネ楽曲を聴き込もうとするのだが、いつも頭に思い出が浮かんできてなかなか楽曲に身を入れることができないため、ここで一つとりとめはなくとも文章として残すことで少しでも整理をしておきたいという想いである。

 

私がこのゲームを始めたのは、余命宣告もとうになされ、サービス終了を約1週間後に控えた頃であった。Twitterで名前とゲーム画面は目にしており、インストールだけはサービス終了が告知される前にしていたように記憶している。サービス終了の告知を非常に残念がるフォロワーのつぶやきを目にし、終わる前に少し触っておくかとは思っていたが、実際にゲームを始めたのはかなりの終了間際だった。

あと1週間で終わってしまうことが分かっているプレイヤーとして、ゲームチュートリアル終了後の「これからどんどん想い出をつくっていきましょうね!」というようななんでもない言葉が、重く重くのしかかったのをよく覚えている。というか、「1週間後にはこのゲームは終了し、彼女らの物語もなんらかの形で紡がれることはあれ先に進むことは決してない」ということを意識してしまったことで、この後に見ることになる様々なシーン、様々なテキストが図らずして重く鋭くなってしまった。それはある意味貴重な体験ではあったが、そうではない、終わりを意識しないアイドルコネクト、文脈を付与される以前の純粋なる『アイドルコネクト』はどのようなものであったか、それを感じる機会をそのときすでに失ってしまっていたことは事実で、その『アイドルコネクト』を体験したかったと、今更ながらにふと思うことはある。

『アイドルコネクト』はいわゆるアイドル育成リズムゲームである。プレイヤーはプロデューサーとなり、3人×3のユニット、合計9人のアイドルたちを、様々なストーリーを通して成長させていき、アイドルとしての成功を目指していくという、ざっくばらんに言えばそういう物語である。「音ゲー部分はお粗末だが、テキスト、ストーリーは良い」という評判を聞いていたが、果たしてその通りであった。初めはいわゆる「使えそうな」部分だけスクショを撮っていたが、すぐに史料的価値をも考え、そしてその画面その画面に対する愛しさにも似た感情を覚えたために、ストーリーのほとんどの画面のスクショを撮った。おかげでストーリーを読んでゲラゲラ笑いながら、あるいはときにポロポロときにわんわん泣きながらパシャパシャという無機質な音をも耳に残したものだ。

 

私がアイドルコネクトのストーリーを読んでいて初めて明確におっと思ったのはナチュライク!の1つ目のストーリーだった。ストーリーとしてはロシアのクォーターのアイドル、柚木ミユが初めてのライブにロシアに住む祖母を(バーチャル空間上ではあるが)呼ぶというもの。ミユは祖母から手紙がたくさん送られてくるのだがロシア語が読めず何と書いてあるかわからない。その手紙をメンバーの泉水つかさ、坂上八葉が辞書を片手に徹夜で翻訳してミユに読ませ、ミユはそれを読み、ライブをその手紙のお返しにできたと喜び、アイドルは楽しいと口にする。

私は柚木ミユの持つ空気感、そして絶妙にマッチした関西弁にとろけるほど心をつかまれてしまった。アイドルのタマゴでしかなかった三人が初対面で出会ったところから始まり、まだ知り合って間もないメンバーのためにロシア語という高校生には未知とも言える言語に取り組む姿は、彼女らの持つ純粋さと優しさ、そして好奇心を見事に描いており、ミユのあっけらかんとした言動と祖母への確かな想いと共に非常に好ましいエピソードだった。(もちろん読んでいるときはただただぽろぽろ泣いていただけなのだが) 加えて、最後にミユがハイタッチの手に恋人つなぎをするシーンはもうあまりに完全に恋に落ちてしまった。いや、プロデューサーがアイドルに対して恋に落ちることはもちろんないのだが、私はプロデューサーとしてあの場面を冷静にくぐり抜けることはできなかった。ちょっとラノベ文脈が過ぎるかという冷静なツッコミもできるが、あの瞬間の感情に比べればそれは大した問題ではないように思える。余談だが柚木ミユさんのCVを担当している木村千咲さんは兵庫県出身であり、同じく兵庫県出身の自分にとってはミユの関西弁は過去最大級にきれいな関西弁だと感じたこともよく覚えている。いつか直接そのことをお伝えしたいなどと思っているが、冷静に考えて関西人が関西人に「関西弁めっちゃきれいでした!」と伝える場面はシュールを通り越して確実に何か違う気がする。ストーリーの話に戻れば、その前に読んだGARNET PARTYのストーリーがこうしたソシャゲには珍しくギスギスした雰囲気をはらんだものであったのもあり、全体的に優しくほわほわしたナチュライク!のストーリーにやられたかたちだ。(もちろんガネパのヒリヒリするような空気感もアイコネストーリーの魅力だと思っている)

 

以降、アイドル個別ストーリーを見つつ、メインストーリーを最後まで開放するため、特にラストの数日は起きている間ほぼずっとアイコネをやっていたように思う。ストーリーを読んでぽろぽろ泣きながら延々とスクショを撮り、さらに次を開放するためにこれまたもう触れなくなる音ゲー部分をやり続けた。その結果、サービス終了1時間前にガネパ4章まで見ることができた。しかしあの引きで終わってしまうのはあまりにあまりだ……と強く強く思ったものだ。

個別ストーリーでお気に入りは何かと言われると、やはり『怒りの空子』だろうか。空子に関して、当初はよくある二次元アイドルグループのセンターという認識だったが、『怒りの空子』では彼女の強烈な個性と言えるほどの優しさ、天然なところ、そのかわいさ、そして何より他人を思う気持ちがコメディ調の中でいかんなく描かれていた。このエピソードなどを通して空子を好きになったことは、『アイドルコネクト』を好きになる上で非常に重要なピースだったように、思い返してみるとそう思ったりもする。

アイコネストーリーにおける個別ストーリーは思い返してみれば大変いい働きをしていたように思う。比較的ヘビーな物語の続く、「読ませる」メインストーリーに対し、個別ストーリーはライトなノリで読みやすく、またテキストそれ自体の持つ破壊力も大きかった。(例えば留奈のアイドル講座でのやりとりなど。個別ストーリーを切り取った画面をTwitterにあげることで、例えとしては強すぎるが『NEW GAME!』のようにそこから話題になる未来もありえたと思っている) その上でメインストーリーでは描き切れないアイドルたちのユニットを超えた交流や絡み、そしてアイドルたち個人個人の持つ魅力を描く場として大きな役割を果たしていた。例えばアイマスシリーズではプロデューサーとアイドル個人個人との向き合いが重要な要素の一つとなっているように思え、デレステを例にとると、アイドルとの個別コミュにはその他のアイドルは登場しない。(ストーリーコミュやイベントコミュには複数のアイドルが登場し、その掛け合いや絡みはもちろん要素として大きいとは思うが) 一方でアイコネではそれぞれの個別ストーリーで逆にアイドルが一人しか登場せず、プロデューサーと一対一というものはほぼなかったように思う。もちろんこうした比較はむしろアイマスが特殊でありアイコネの特殊性を示すものでは必ずしもないとは思うが、アイコネで重視されていたのは「プロデューサーとアイドルとの一対一の関係」ではなく「(コーチなどのサポート役も含めた)事務所、そしてアイドルという世界を通して、それまで普通の女の子であったアイドル""たち""がお互いに作用し合いながらいかにそれぞれの魅力を開花させていくか」であったのであろうと言うことができると思う。

 

たった1週間ほどだったが非常に濃い『アイドルコネクト』との出会いを果たし、続いてはストリエと(ゲーム内未使用楽曲を含めた)楽曲たちによってアイドルコネクトは私の体に沁みていった。ストリエに関しては背景であのゲーム背景が使われたことがニクいなあと思ったり、あのときと変わらない素敵な彼女たちが感じられたことを心から喜んだりした。ストリエで新たにアイコネに興味を持った人がどれだけいたかは正直苦しいところもあるだろうが、やってくれたことには本当に感謝というのが偽りない気持ちである。

 

そして楽曲たちである。アイコネ楽曲にはゲームが終わってから聴くとどうしてもそのことと紐づけてしまうような歌詞が多くあって、聴くたびに頭を抱えていた。もちろんそんなことを予期して作ったわけではなかろうが、それらの歌詞は文脈を得てしまった。

「「夢」は生き延びていますか「愛」は無事かな 全部 全部おしえて! キミが泣き出すよーな歌 好きに歌ってるから ヒマな時、聞いていいよ」(『ナチュラル*シャイニー』ナチュライク!(柚木ミユ、泉水つかさ、坂上八葉/CV.木村千咲、橋本ちなみ、日高里奈))

「一つ誇れたこと 生きた証がある「足跡がある!」」(『空になるよ、このハピネス。』春宮空子(CV.森千早都))

「ずっとこのまま時が流れて 結ばれないとしても 後悔しないずっと信じてるから 君じゃなければ意味がないよ」(『恋する私←New!』瀬月唯(CV.相坂優歌))

「さよならウサギさん あと5分のエピローグ 習いたての歌うたって 星空に響かせるの ちょうちょ結びが上手で 泣き虫の女の子 こうしてきっと大人になるって ありがとう おやすみ ——また会えますか?」(『さよならラビット』古風楓(CV.大森日雅))

「見ていて 白紙のページ 描き出すから」(『WHITE PAGE』瀬月唯(CV.相坂優歌))

「明日また目が覚めても 昨日の僕とそんなに変わりゃしない これから先迷わないで行こう 今はまだ坂道の途中」(『坂道の途中』坂上八葉(CV.日高里奈))

 

アイコネ楽曲はナナシスほどアイドル性を帯びた曲たちではないが、シンデレラ楽曲ほどキャラソン寄りというわけでもないと思っている。ソロ曲は個人のキャラクターとリンクするものが少なからずあるものの、彼女らを知らずともアイドルソングとして完結しうるものだと思うし、ユニット曲はユニットごとのカラーを出しつつ2パターンの楽曲をもっていて派手さは薄いが聴きやすいという印象だ。ところでミユは歌が超上手いという設定だが、ソロ曲は2曲ともミユらしいほんわかした曲調のためその歌の上手さを聞かせる歌というわけではないように思う。しかしナチュライク!のユニット曲ではなかなか存在感のある歌声を出しており、普段のミユとのギャップが楽しめて好きだったりする。

 

そしてここに今週末発売になる全体曲『Star*Trine』が加わる。

 

 『Star*Trine』を目の前で歌われたら一体どうなってしまうのだろうか。そしてその他の楽曲のうち数曲も歌われるかもしれない。そうしたら、そしてそれがもし自分の目で、耳で、皮膚で、頭で、鼻で感じられたとしたら、一体どうなってしまうのだろうか。

どうなってしまうのだろうか……

 

 

想い出、と言ってみたところであまりにとりとめのない文章であった。しかし考えていたことのほんの一端ぐらいは言葉にできたのかもしれない。ゲームのことやそれぞれのアイドルのこと、いろいろなこと、まだまだ言い足りないしそもそもこの文章がそれを表現できているかも甚だ心許ない。

 

 私は上で述べたようにアイドルコネクトのゲームを始めたのは終了間際であり、サービス開始当初から遊んでいたファンの人たちには申し訳なさも正直に言えば感じている。もっと早くから遊んでいてくれたらもしかしたら、そんなことを考えることもあるかもしれない。自分自身、結局個別ストーリーは読み切れなかったし、もちろんゲーム内イベントにも参加できなかった。それでも、私はアイドルコネクトに出会えて、そしてほんの1週間でもゲームを遊ぶことができて、彼女らの物語を見ることができて本当に良かったと思っている。私がアイコネを始めるきっかけを作ってくれたTwitter、そしてフォロワーには感謝してもしきれない。こんな私だが、これからもずっとアイドルコネクトを好きでいてもいいだろうか。いや、好きでいさせてもらう。

 

 

 

リリイベミニライブでお会いしましょう

 

 

 

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追記

一つ、これは書いておこうと思ったことを忘れていたので恥ずかしながら追記という形でここに書いておく。

アイドルコネクトの想い出として、アイドルコネクトのサービスが終了したまさにその時刻から始まったのが、『アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ』内イベントであり、そのイベントでのイベント曲は『EVERMORE』であった。

私は、一つのゲームが終わったまさにその瞬間に大きなコンテンツ、まさに永遠に続くかと思われるようなコンテンツが、そのものズバリ『EVERMORE』という楽曲を引っ提げて大々的にイベントを始めるのはあまりに皮肉が効きすぎているとまさに笑うしかないといった状態だった。そしてデレステを途切れることなくやっていた私は、アイコネが終了した次の瞬間、とはさすがにいかないが、その日のうちにデレステをまた触っていたのだった。

 

そしてそのとき、ふと心に浮かんだ気持ちを詩のようにしたものを後日紙に書いた。結局少しくらいしか書けずそのままにしておいたが、ここに書いておきたい。まあ供養のようなものだ。お盆だし。

 

みんなは気づいているかな 昨日と今日で街が違うこと

私の好きなお店にはもう どの道だって通じちゃいない

 

あそこのお店は何周年のお祝い

うらやむ気持ちないわけないけど

私だってよく行くお店

 

いい想い出なんかより いつでも目の前に感じられること

それが大事と思いませんか

後に残るは想い出だけど 想い出のために今があるわけじゃない

 

 

…………リリイベミニライブでお会いしましょう……!

 

 

 

 

アニメ『けものフレンズ』はなぜ考察班を生み出したか

 「アニメ『けものフレンズ』はなぜ考察班を生み出したのか。この謎を解明するため、我々取材班はジャパリパークへ飛んだ———」

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2017年冬アニメもおおよそが3話までの放映を終えたが、その中のイエローサーバル、……もといダークホースと言えばそう、『けものフレンズ』だ。

動物をモチーフにしたかわいい「フレンズ」たちの大冒険が繰り広げられるこのアニメは、一見すると子供向けのようにも思える。しかしこのアニメにはところどころに不穏な空気が流れている。打ち捨てられて朽ちたようにしか見えないバス、索条はあるが搬器の見当たらないロープウェー、かばんちゃん以外のフレンズたちと一切の言葉を交わさない「ラッキービースト」、そしてかわいいフレンズたちの大冒険が繰り広げられる本編には似つかわしくない、ただ廃テーマパークの写真が流れるだけのED映像……

 

このアンバランスさをはらんだアニメは瞬く間に一部の視聴者の心をつかんだ。またそうした視聴者たちの中から #けものフレンズ考察班 という者たちが現れ、あるものはTwitter上のつぶやきというかたちで、またあるものはブログの記事というかたちで、各人がアニメけものフレンズに対して「考察」を繰り広げている。その「考察」は、アニメの世界観に関するものであったり、このアニメの裏に隠された本当のメッセージに関するものであったりと様々である。かくいう私も、このアニメの1話を見たときからこのアニメについていろいろと考えを巡らせずにはいられなかったりしている。

 

アニメ『けものフレンズ』についての考察は、特にブログ記事においてまとまった文章として読むことができる。まだ3話放映時の段階でありながら、先行研究はすでにそのあたりのアニメよりも充実しているといえるだろう。

そこで少し視点を変えてみよう。 なぜアニメ『けものフレンズ』はこうした考察班を生み出したのか。言い換えれば、なぜ人はアニメ『けものフレンズ』を考察するのか。

 

視点を変えてみることは研究においても大切なことである。もちろんアニメを視聴するときにも。

 

「なぜアニメ『けものフレンズ』は考察されるのか」という観点に立ち、その理由を少しばかり考えてみたい。この文章は「けものフレンズ考察」であり、同時に「けものフレンズ考察考察」である。

 

 ちなみに「けものフレンズ考察班」については以下のわさすら氏(id:wasasula)の記事が参考になる。

wasasula.hatenablog.com

 

 

・ED映像という「メッセージの場」と考察の土台

 #けものフレンズ考察班 というタグがTL上に踊ったのは、おそらくED映像の観覧車をチェルノブイリの観覧車ではないか?と指摘した @nanarokushiki 氏のツイートがその端緒であったように思う。

 

(※のちに本人によってチェルノブイリではなくペルボウラリスクの廃棄された観覧車と訂正。またタグ自体はそのツイート以前から存在)

 

このツイートをきっかけにしてけものフレンズ考察は本格的に始まったといっていいだろう。そしてまた、このツイートがきっかけになったことは実に納得のいくことでもあった。

というのは、ここで指摘されているのは他でもない「ED映像」だからである。ED映像というのは、本編よりも、そしてOP映像よりもスタッフによる自由度が高いと言えるだろう。アニメによっては、アニメ本編とは関連性の薄いインパクト重視のEDが採用されたりする。つまりは遊びの許される場なのである。

そのED映像にこのアニメはあろうことか「実写の」「廃棄された観覧車」をチョイスした。その後も映像にはキャラクターは一切映らず(よく見るとキャラクターの形をしたようにも見える金型が映っている)、延々と人気のない遊園地のようなものが映される。これはなにを意味するのか。

自由にやれるED映像で、このアニメの(表向きの)魅力と言えるフレンズたちを映さずに「あえて」この映像をチョイスした。いくらインパクト重視でも、文脈と関係のない、ましてやキャラクターすら映らない映像を流すにはインパクトなどとは別の理由を考える必要がある。つまり、これはどう考えても制作側のメッセージと受け取るしかない。「このアニメはこういうアニメですよ」と。

廃棄されたバスなど世界観の裏設定をにおわせるものは本編中にもあったわけだが、ED映像がその仮説を確信に変えたと言っていい。これを受け、考察班は背中を押されるかたちで各々考察を繰り広げはじめたと考えられる。

また、このツイートによって暗示されたことは、「アニメのジャパリパークは実は廃棄されたテーマパークである」ということである。これはアニメ放送前にネタにされていた、「けものフレンズはアニメ放送前に原作のソシャゲが終わっている」ということと奇妙なつながりを見せる。すなわち「アニメの世界はソシャゲが終わった後の荒廃した世界ではないか?」 という仮説だ。この「荒廃した世界観」はある種『けものフレンズ』考察の土台となり、考察班の初めの共通理解となると同時に、そこからさまざまな考察をする上での足がかりともなったのだ。

 

 

・考察という行動と「人間であること」

 けものフレンズ考察ブログの中でも大きな反響を呼んだものの一つは骨しゃぶり氏 (id:honeshabri) によるこの記事だろう。

honeshabri.hatenablog.com

アニメ『けものフレンズ』は動物を知ることで人類とは何かを探求していくアニメだという視点。大変興味深く、また大いに同意できる。(ちなみに私もこの記事が出る前の1話放映時点で似たような指摘をした(オタク特有の対抗意識))

 見返してみたらあんまり似たようなことではない気もする。お詫び申し上げる。

 

さて、それはそれとして。この記事で指摘されているように、かばんちゃんは1話で持久力、投擲能力をもって人間のもつ他の動物に対する優位性を示した。さらに2話では大きな河に即席の橋を架ける。まさに人間のもつ「知恵」を示した格好だ。3話では草をむしって地面に大きな絵を描く。それはまさにナスカの地上絵。このアニメは着実に人間の「人間」たる部分を描き、1話で示された「空を飛べない」「泳げない」「速く走ることもできない」という他の動物に対する劣位性を補ってあまりある人間の優位性が他のフレンズたちに、そして視聴者にも示される。実際、かばんちゃんの発想力や機転はいち人類から見ても素晴らしいものがある。人間だからといってなかなか簡単に思いつけるものではない。

『けものフレンズ』は人類を描くアニメである。そしてアニメの中で人類の持つ優位性が展開されていくのを見たとき、視聴者は何を思うだろうか。こう思うはずだ。「私も人類である」「ジャパリパークではなく21世紀の社会に生きる自分が発揮できる、人類のもつ優位性とは何だろうか」と。いわば、かばんちゃんに「触発」されるのだ。

 

そこで「考察」という行動を考えてみると、それは大雑把に言うなら「作品を読み解き」「それを言語化する」ことである。いずれも人間にしかできないことだ。特に「言語」そして「文字」というものは人類の発明したものの中でも極めて重要である。文字を持つことで「記録」そして「伝達」が可能になり、人類の文化は飛躍的に進歩したといっていい。アニメ本編でもいずれ「文字」についての言及がなされるのではないかとにらんでいる。

さらに言うならば、インターネットで自らの考察を「共有」することもまた当然ながら人間ならではである。かばんちゃんの活躍を見て自らの中の「人間」というアイデンティティを呼び起こされた視聴者は、自らが人間であることを規定するため「人間的」な行動を無意識のうちに欲していたと考えても不思議ではない。21世紀の社会には紙飛行機で注意を逸らすべきセルリアンはいなかったが、文字を紡ぐキーボードと不特定多数とつながるインターネットが存在していた。人々の中の「人間性」が呼び起こされた結果がこの「けものフレンズ考察」なのだ。

 

 

・無償の愛が愛を呼ぶ

「けものはいてものけものはいない ほんとの愛はここにある」

 アニメ『けものフレンズ』OPテーマの歌詞の一節である。私の大好きな歌詞でもある。

 

このアニメには愛があふれている。それも無償の愛だ。1話でかばんちゃんを助けたサーバルとカバ、2話のコツメカワウソとジャガー、3話のトキとアルパカ。みな快く頼み事を受け入れ、また見返りなどを要求することもない。だれも除け者になどされない。楽しければみんなでたのしー!と笑うし、うれしいことがあればみんなで喜ぶ。そう、このアニメは優しさにつつまれている

この無償の愛に絆された視聴者は、この愛を誰かにわけてあげたいと思うだろう。しかし21世紀の社会にはジャパリパークを抜けて図書館に行くかばんちゃんの助けになる機会は存在しない。それではその愛を誰にぶつければいいのか。……つまりは、愛を『けものフレンズ』という作品そのものにぶつけた結果が「けものフレンズ考察」なのだ。

 

アニメを見て、あるいは何度も見返して、そして考察を深めるという行為。それは作品への愛の形だ。見るのも、考えるのも、そしてそれを文章にするのも時間を消費して行う行為である。そしてその考察は愛ゆえに作品の魅力に迫ろうとし、そしてそれを他者に伝えようとする。愛に絆された視聴者が愛に包まれ、そして愛を拡散する。「けものフレンズ考察」は、ある面ではアニメから始まった愛の連鎖なのである。

 

 

・意外性は話題性

なんだかスピリチュアルな話をしてしまった。最後にもう一つ。単純な話ではあるが、結局は「けものフレンズ考察班」一行矛盾感がウケたということだともいえる。

「けものフレンズ」というその存在を知らずともなんとなく脱力してしまうような名称と「考察班」という妙にカッチリした言葉が合体すると、途端にそれは異様な魅力を放つ言葉になる。アニメ『けものフレンズ』はサブタイトルがすべてひらがな(しかも「さばんなちほ」ではなく「さばんなちほ」(!)であり、ますます脱力感を誘う)だったり、本編の方も一見するととても頭を使って見るタイプのアニメとは思えなかったりと、「考察」とは程遠そうなのである。そんなアニメに対し謎のタグをつけてああでもないこうでもないと考察を繰り広げる姿は意外性をもって人々の目に映り、それは注目を集める。注目を集めれば「なんだよこれwww」のような中身のない反応も含め、自然と話題にのぼる。そうして興味を持った人が新たにアニメを見始め、考察に参加する……

 

つまりは、一見したところでの考察との無縁さが功を奏し、「考察されているだけで面白い」という状況をつくりだした

このことが面白いことが大好きな人たちにひっかかり、結果『けものフレンズ』は異様なまでに「考察」されることとなったのだ。

 

 

 

 

 

 

以上、「けものフレンズ考察」について「考察」したが、もちろん、アニメ『けものフレンズ』を考察するべきとも、考察するべきでないとも言うものではない。

このアニメは考察しがいのあるアニメであるし、考察意欲をかきたてられるアニメであるとも思う。しかし忘れてはいけないことは、アニメは考察されるために存在しているのではないということである。

アニメ『けものフレンズ』の試聴体験を通して「たのしー!」になること、大切なことはそこにある。

 

にゃるら氏(id:nyalra)による「たのしー!」な記事↓

nyalra.hatenablog.com

 

 

やっぱりアニメって「たのしー!」

 

2016年テレビアニメ、話数単位で選ぶマイベストテン(20本ノミネート連続視聴方式) ―第5位~第1位―

 

nun-tya-ku.hatenablog.com

 前半↑の続き、第5位から第1位です。では第5位から。

 

 

第5位:『ハイスクール・フリート』第10話「赤道祭でハッピー!」(春)

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2016年は「はいふり」の年だった。はいふりカメラ、はいふり言えるかな、「武蔵です。」「五十六がなんとも磯ROCK!」…… はいふりが生み出したものは枚挙にいとまがない。

そんな中、「はいふり」コンテンツの中で先陣を切った春アニメ『ハイスクール・フリート』から「はいふり」らしさが存分に詰め込まれた「赤道祭回」、第10話を選出。

はいふり」の魅力はとにかくキャラクター、キャラクターの魅力が「はいふり」の魅力である。オリジナルアニメでありながらここまで「キャラアニメ」を突っ走ったのが『ハイスクール・フリート』であった。しかし、このアニメの最大級に不親切なところは、「劇中でキャラクターの説明をしない」ことであった。艦橋要員はまだしも、その他の乗員たちは一部を除いてほとんどモブ同然の扱いだった。

しかし、である。「はいふり」、『ハイスクール・フリート』を十分に楽しむためには、最低でも晴風乗員31人+2人(ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルク、知名もえか)全員のことを知っていなければならない。それらのキャラクターを覚え、親しむためのツールは豊富にある。それがはいふり公式サイトキャラプロフィールページであり、公式アプリ内のはいふりカメラであり、はいふり言えるかなであり、公式コミカライズであった。視聴者は積極的にそれらのツールを使い、自主的にキャラクターに親しむ必要があったのだ。受動的態度ではいけない、楽しむためには積極的な態度が必要なのだ。「楽しませてもらおう」なんて視聴態度ではダメなのだ。不親切さをほじくるのではない、楽しむために自分は何ができるのかだ。いつまでも「楽しませてもらおう」という態度では、今に見るアニメがなくなってしまうだろう。来期にはBS11でパッケージリマスター版の再放送がある。今からでも遅くない。キャラクターのプロフィールを覚えるのだ。全部覚えれば、こんなに楽しみにあふれたアニメはない。

さてさて、『ハイスクール・フリート』第10話の話に戻ろう。この回はもはやOVAのような、まさに「お祭り」回であり、艦橋要員もその他の乗員もほとんど同じくらい出番があり、みんなにセリフがあるという点でもとにかく「はいふり」ファン冥利に尽きる回であったと言える。必死になって覚えたキャラクターのプロフィール(例えば八木鶫と知床鈴の実家が神社であること、柳原麻侖の好きな食べ物が焼肉であること、などなど)が次々と言及され、「それ知ってる!」とうれしくなってしまう。ご褒美のような回だ。

この回の見どころはそれこそ無限にあるが、あえて3点に絞らせてもらうとすれば、「納沙」「出し物」「黒木と岬の清算」である。

まず「納沙」であるが、仲の良かったヴィルヘルミーナが晴風を離れてしまった寂しさを埋めるように副長のましろにべったりな納沙を見てほしい。「シロちゅわ~ん」じゃないよほんとに。納沙のうっとおしさ、(少し離れて見ておきたいような)かわいさ、納沙というキャラクターの魅力が存分に発揮されているのであるが、これは黒瀬ゆうこさんの演技が絶妙だ。うっきうきで出し物(仁義ある晴風)の準備をする納沙、砲雷科の主砲ものまねに心底興味なさそうによそ見しながら「コアラの鳴き声じゃないですかねぇー」と言う納沙、岬や知床が絶妙に棒読みの中一人(納沙の)本気を見せて演技をする納沙……。はじめは浮いていた(まあずっと浮いているが)納沙が、副長を犠牲にしながら少しずつ晴風に溶け込んでいる様はやはり見逃せない。

次に「出し物」である。あそこのシーンは「はいふり」が好きでないと見れないが、「はいふり」が好きなら最高のシーンに映る、そういう点で見事だった。出し物のレベルも等身大というか、準備期間のまったくない中で彼女らが即席で考えそうな、そういうレベルのものを出していて好感しか持てない。砲雷科の主砲モノマネに目を輝かせる西崎と立石、そしてうれしそうに答える勝田。勝田は航海科なのにそういうのわかるんだ…!みたいなところも発見があってよい。個人的には武田のが似てるっぽくて好きである。山下、勝田、内田、八木、宇田による航海ラップも、完成度を含めて絶妙だ。客席に振って回答を待つ間前後に揺れているのがなんともシュールな笑いを誘う。次に西崎・立石による漫才。これは元ネタがあってちゃんとエンディングにもクレジットされているのであるが、この漫才を見ていた砲雷科、その中で武田が「私たちの砲術長が人前であんなに堂々と…!」と言うシーンがある。このセリフから、立石は普段無口だけれど、砲雷科のみんなにはちゃんと慕われているんだなということが垣間見え、大変にいいセリフで大好きなのである。最後の艦橋要員たちの劇。めちゃくちゃ好きなガヤが一つ入っているのでそれを是非耳を澄ませて聴いてほしい。ましろが「カシラ!」と言いながら納沙をかばって切られる演技のところで、「よっ!宗谷屋!」というガヤが入るのである。酔っぱらったようなその声はおそらくマッチ酔いした等松によるものであろうと思うが、副長の晴風での立ち位置を表しているようでもあり、大変好きなものだ。

「黒木と岬の清算」について。黒木は入学前から宗谷にあこがれており、宗谷ではなく岬が艦長であることにずっと不満を抱いていた。(入学前の話は前日譚コミックス『はいふり』でチェックされたい) そんな黒木は相撲での直接対決で岬に勝ち、そして対戦後自ら岬に手を差し伸べる。このときの表情もまたいい。大したことではないと思われるかもしれないが、ラストバトルに向けてこの確執は絶対に取り除く必要があった。この清算のシーンを、お祭り回に見事に組み込んで自然にやってのけたところには惜しまぬ拍手を送りたい。しかも、これを仕組んだのは柳原である。柳原は幼馴染の黒木が宗谷にべったりなことをさびしく思っていたが、スネた自分を黒木が見つけてくれたことで自分も黒木のために何かしたいと考える。そして柳原は艦橋要員たちが出し物をやっている間黒木に言うのだ。「クロちゃんがスカッとすること」をやる、と。柳原はちゃんとここの確執をわかっていた。その流れがあっての、あの相撲なのだ。

5位なのに本当に長々と書いてしまった。言いたいことは無限に出てくるがここまでにしておきたい。私が「はいふり」をどれだけ好きかが伝われば幸いである。

 

 

第4位:『ばくおん!!』第12話「もしものせかい!!」(春)

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バイクさながらぶっとんだ展開となぜかいい話につなげる力のバランス感覚が絶妙だった『ばくおん!!』だが、その中で一本選んだのはこの最終話。

まずはバイ太との再会シーン。まさかこんなところで再開できるとは佐倉羽音ならずとも私も思っていなかった。最終話ということもあり、これまでに登場したキャラがしっかり画面に出てくるところが、やはりこの最終回のいい最終回たる証左であろう。

ただ、この回で一番良かったシーンは誰が何と言おうとバイクのない世界で一人「バイク」に乗り、口でエンジン音を言うシーンだ。「佐倉羽音、いきます!」も含め、ここの上田麗奈さんの演技には舌を巻いた。今年でグンと上田麗奈さんのことが好きになったわけだが、そこに佐倉羽音というキャラクターを抜きにして考えることはできない。口エンジンと言えば第1話で自転車を漕ぎながら佐倉羽音は口エンジンを言っていた。それを踏まえての最終回、バイクのない世界で「バイク」に乗る佐倉羽音の後ろ姿はものすごいエモーショナルである。

この「もしものせかい」の中では、バイクのない「合理的」な世界が広がっている。早く移動するなら自動車があり、自分の力で移動するなら自転車がある。今さら第三の乗り物なんて。そのとおり、その通りだ。でも、佐倉羽音は言う、「オートバイのない世界は、ほんの少し寂しい」と。「自転車は優れた人間にしか乗れない」とこの世界の恩紗は言う。もしこの世界に優れたアニメしかなかったら、頭のいいアニメしかなかったら……。その世界に『ばくおん!!』はあるだろうか。その世界は果たして楽しいだろうか。私は、今のこの「バイクのある」世界が大好きだ。あなたは、どうだろうか。

 

 

第3位:『ビッグオーダー』第6話「オーダー!つなげ、魂!BIG connect」(春)

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異常なテンポと異常なセリフ回し、異常な展開力と最高の劇伴。それが天才的で奇跡的な絡み合いを見せ、アニメ界のオーパーツとでも言うべき「異常」な作品が出来上がった、それがこの『ビッグオーダー』だったと思っている。個人的には今年一番の衝撃だったかもしれない。

このアニメの魅力はなんといっても上でも挙げた「異常なテンポ」「異常なセリフ回し」「異常な展開力」そして「最高の劇伴」であると考えている。この第6話はその魅力がいかんなく発揮された回だった。

まずは「異常なテンポ」に関して。この回はエイジが壱与と二人で出雲に行くところから始まる。最初はのんきに出雲そばをすする二人。洞窟に入って遭難、エイジと壱与はちょっといい雰囲気になったかと思いきや…… というところで出雲の巫女登場。前半部分はまあ早くはあるがテンポ自体はありえる程度の早さである。本番はここから。後半は巫女と蹴鞠勝負。二人の気持ちを合わせて勝負に勝ったと思いきやダイバー姿のオッサンにしか見えない次の敵の登場、そのまま戦闘に入り、決着。こんどこそ終わりかと思いきやEDに入る前になんかよくわからん幹部っぽいのが出てきて次元を横断して出雲の巫女が切られて死ぬ。

ここで終わりである。異常すぎる。普通は蹴鞠勝負が終わったところ、あるいは次の敵が登場したところあたりで一旦切るだろう。しかしこのアニメは次の敵との勝負もサラっと詰め込み、一気にやってしまえとばかりに巫女が死ぬところまでやってしまった。この、「まあここで終わるだろう…」という、これまでアニメを見て染みついたテンポ感覚というものを裏切り、何が起こってるのかよくわからないままに畳み掛けてガンガン話を進めてしまう。この感覚はこのアニメでしか味わえない。これは「異常な展開力」とほぼ同じでもある。

「異常なセリフ回し」については劇中のセリフを抜き出せばわかってもらえるだろうか。「与太こいてんじゃねえ!」「お前を妊娠なんかさせねえから!」「蜜壺をドミネート」「イカレポンチじゃねーか!」「お汁がとまんない」「なに言ってんだコイツ」…… これはすべて6話の中で出たセリフである。こんなセリフの洪水を聞けるアニメは、というか聞ける体験は余所ではできないだろう。またこれに関してはエイジ役の森田成一さんの演技が本当に最高でクセになる。

「最高の劇伴」は本当に最高。以上のような異常なテンポ、異常なセリフ回しの後ろで流れる軽快でダサカッコいい劇伴を聴いているとなんだか楽しくなる。見たことのある人ならわかるはずの、あの曲である。音楽なので言葉で書くより実際に聴いてもらうしかない。ビッグオーダーの虜、そしてあの曲の虜だ。

また、この回では壱与がクレジット順で2番目に上がっている。鈴、壱与、瀬奈という三人のヒロインの使い方、そしてそれと連動したこういうクレジット順のいじりは上手い。個人的に壱与が好きということもあり、そして上述した魅力がいかんなく発揮された回ということもあって選出したわけだが、『ビッグオーダー』第6話、堂々の2016年第3位である。

 

 

第2位:『蒼の彼方のフォーリズム』第7話「刺される前に刺せ!」(冬)

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「負けてからが、本当の勝負」 架空のスポーツを題材にして見事な少女の心の揺れ動きを描き、そして試合では青い海、青い空、白い雲、そしてそこに描かれるグラシュの軌道が本当に美しく映え、「青春」を描いたアニメとして視覚的にも抜群のものを見せてくれた『蒼の彼方のフォーリズム』から、みさきの心が折れてしまった、「負けてからが」の部分を見事に描いたこの第7話を選出。

この回はみさきが強く意識し、自身も破れた相手である「絶対王者」真藤と、無名の新人乾との決勝戦から始まる。みさきはまるで自分に言い聞かせるかのように、真藤が負けるわけがないと言う。真藤は最強だ、だから自分が負けたのも仕方がない、むしろそんな真藤と互角に渡り合えたんだから自分はすごいのだ、そう思ったままでいられるために、真藤が負けるなんてありえないと言う。

だが結果は真藤の負け。試合中苦しそうな表情を見せる真藤とまったく無表情の乾の対比も上手い。乾の「美しい」FC、「バードケイジ」である。相手を鳥かごの中においやる技、そして各務先生が「進化の袋小路に迷い込む」と言ったように、それ自身がFCそのものを籠の中に閉じ込めてしまうような、見事なネーミングだったと思う。この回に限ったことではないが、FCの試合中のグラシュのSE、そしてアツい劇伴はこのアニメの魅力を大きく担っている。

自分をただ一つ慰めていた「絶対王者真藤」は崩れた。真藤の負けに激しく動揺するみさき。しかし明日香は言う。「すごいですね!これも、フライングサーカスなんですね」と。また、試合中明日香は言っていた。「すごいのは乾さんの方です!」と。みさきは真藤の負けだけではなく、真藤を負かした乾を「すごい」と言えてしまう明日香にも激しく、激しく動揺する。ここのみさきの「理解できない」「理解したくない」という描写がほんとうに素晴らしい。

みさきは一人買い物へ。フードコートで流れていたテレビは真藤の敗北をニュースとして流す。そこにいた名もなき女の子たちは言う。「真藤先輩、負けちゃたんだって」「へえー、そんな天才が海陵にいるんだー」 「天才」、この言葉がみさきにひっかかる。そして私の大好きなバス停のベンチのシーン。「天才」だと思っていた真藤も努力しているのだということを知るみさき。その上真藤はあの敗北に対して、心を折られるどころか「怖いって…… 楽しいからだよ」と言う。フラシュバックする明日香の顔。そして真藤は決定的な一言を言う。「楽しいと思えなくなったら、僕はやめるよ」そして真藤はバスに乗り込み、先に進む。一方みさきは、進むのをやめ、その場に留まる。強くなる雨の音が、何よりも雄弁に先の展開を物語る……

無垢に強くなっていく明日香に対し、みさきはすごく人間くさいキャラクターだ。そんなみさきの心がポッキリ折れてしまうまでの過程を、みさきのまわりのキャラクターを使って、丁寧に、丹念に、美しく描いた第7話だった。「負けてからが、本当の勝負」本当にいいキャッチコピーだ。そして最高にこのアニメを表現したキャッチコピーでもある。このキャッチコピーを考えた人と酒を酌み交わしたい。ちなみにみさきの「本当の勝負」は11話で乾との対戦という形で描かれる。こちらも本当に最高な回となっている。

 

 

第1位:『アクティヴレイド -起動強襲室第八係-』第5話「消失のポーカーフェイス」(冬)

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 2016年で一番好きな一本に選んだのは、『アクティヴレイド -機動強襲室第八係-』より「ポーカー回」だ。

この作品全体の魅力を語りだすと止まらなくなってしまうので手短にするが、近未来のパワードスーツ、「ウィルウェア」をめぐって、パロディやオマージュにあふれた魅力ある一話完結の物語たちが続いたと思えば、終盤でそれらの話に無造作に張り巡らされていた伏線をものの見事に回収していく爽快感。特に2期の方では1期からの伏線も大量に回収していき、一層その爽快感は強かった。

さて、この第5話の話に入ろう。この回は何と言ってもダイハチがポーカー勝負をする相手、予備校数学教師小野寺の魅力が抜群だ。最初はオドオド、次第にキリッとした顔つきで淡々とポーカーに勝ち続け、かと思えば本性を表してからはペラペラ饒舌に身の上話なんかも話してしまう。ブラッディーマリー、もとい円との最終戦では負けフラグをきれいに立てる舌の回りを見せ、挙句の果てに「敗残者が」とまで言い放つ。そんな自信満々の小野寺が円に負けたときの顔が上の画だ。一瞬にしてこんなに顔が崩れてしまう小野寺が大好き。

黒騎と舩坂さんのダメギャンブラーっぷりも大変魅力的。20万負けてもヘラヘラ飲み代を奢る黒騎。そして酒と女とギャンブルで身を持ち崩したという舩坂さん。二人とも典型的なギャンブルをやってはいけないタイプの人間である。ただ悲しいことに、こういう向いていない人間ほどハマってしまうのがギャンブルというものなのだ。この二人、前半はあれだけボロボロだったのに、円のターンになると突然知ったようにポーカーの場の解説をし始めるのが本当に面白い。舩坂さんが小野寺と対戦しているときの「今やまるでデスマスク」発言も好きだが、小野寺と円の対戦、その最終局面において二人が「いや、決着の流れに向かっています」「ああ、今来ているのはビッグゲーム!」と言うところが本当に好き。お前らさっきまでボコボコに負けてたのになんでそんなカッコつけてるの!?特に黒騎なんて本当に一瞬で負けたのに……

そして大西沙織演じる天野円、その最大にして最高の見せ場がやってくる。「できるの?ポーカー」というはるかの問いにビシッと親指を立てる円のかわいさよ。小野寺と互角に渡り合うも押され始め、15分のタイムを申し込む円。15分経って小野寺はつぶやく。「15分…… 私の勝ちか」戻ってきた円、もといブラッディーマリーはさっきとは一段変わった艶やかな声で言う。「いいえ、あなたの負けよ」(!!!) このときの円の両脇にいる、ストライクインターセプター姿で外からは表情の見えない黒騎と「どっひゃ~」という舩坂さんの顔の対比も抜群にいい。そこからは円ではなくブラッディーマリーの声で役を作り、局面は最終盤へ。

場の雰囲気に乗せられたのか、ここにきて円も名ゼリフを連発する。「お前にギャンブルをやる資格はない。お前はギャンブルに溺れた溺死体、ただ闇を漂う者。ギャンブルの醍醐味は、ギャンブルを離れて光の世界に帰還することにある」「あとこれはね…… わざとよ」「ゲームの終わりは、次のゲームの始まりでもある。また会いましょ」

その後の飲み会の最後、舩坂さんのかけた「趣味はほどほどにね。弟さんや妹さんのためにも」という言葉に対して円が見せた笑顔が、100点満点の笑顔だった。

この回はセリフの強度が段違いだった。やはりギャンブルをすると人間の本性が出るのだろうか、ほとんど全員場にのまれたかのように名言をどんどこ生み出していく。また、ポーカーのルールがわからないとあさみが言うシーンでは、並のアニメならルールの解説に少し時間を割いただろう。しかしこのアニメはそんなことはしない。そもそもポーカーのルールをわかることはこの回を楽しむにあたってさして重要なことではない。そもそもそんなものはアニメに求めることではない。インターネットで自分で調べればいいことだ。なんでもかんでも自分で調べる前に人に答えを求める姿勢に再考を促しているのである。

そして劇伴。これは第3位に選んだ『ビッグオーダー』、第2位に選んだ『蒼の彼方のフォーリズム』もそうだったが、劇伴のいいアニメはいいアニメ、いいアニメは劇伴がいいアニメだ。ブラッディーマリー登場から流れるあの劇伴は、テンションをグイッと上げてくれた。

「ポーカー回」の歴史に一つ新しい一本が加わった。この回は何度見ても変わらずポーカー勝負でテンションが上がる。30分のエンターテインメント作品として今年はこの一本が第1位、文句なしだ。

 

 

 

以上、私が選んだ今年のベストテンである。いかがだっただろうか。

正直に言うと今年は去年に続きアニメを見た本数は少なかった。30分尺のアニメに限ってしまうと完走したタイトルは50本に届かないくらいだろうか。こんな程度で今年の10本を選んでしまったことに関しては素直にお詫びを述べたい。あれを見てないのに10本選んでも不十分だろ、というご指摘は重々承知だ。

だが、それでも今年のアニメは本当に充実していた。このベストテンも、どの回も本当に最高で、私としては自信を持って、胸を張って今年のベストテンだと言える。

 

さて、20本にノミネートしたものの苦渋の決断でベストテンに入れられなかった10本もここに記しておきたい。順番は今回の視聴順に従う。

・『ViVid Strike!』第8話「勝者と敗者」(秋)

・『ふらいんぐうぃっち』第5話「使い魔の活用法」(春)

・『蒼の彼方のフォーリズム』第11話「わたし負けない!」(冬)

・『最弱無敗の神装機竜』第7話「少女の真実」(冬)

・『少年メイド』第7話「学問は一日にしてならず」(春)

・『アクティヴレイド -機動強襲室第八係- 2nd』第10話「訣別の宴」(夏)

・『フリップフラッパーズ』第8話「ピュアブレーカー」(秋)

・『ハルチカハルタとチカは青春する~』第7話「周波数は77.4MHz」(冬)

・『灼熱の卓球娘』第5話「あなたとドキドキしたいから」(秋)

・『クロムクロ』第14話「祭りに踊る羅刹」(夏)

 

そして、あみだくじで決めたベストテンも含めた20本の視聴順は以下の通り。

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クールごとの偏りはまったく考慮していなかったが、見返してみるとノミネート作品では冬・春・夏・秋がそれぞれ、6本・5本・4本・5本。ベストテンの中ではそれぞれ、3本・3本・2本・2本。うまい具合にバラけた。豊作だ不作だなんだと世のオタクは言うが、ちゃんと毎クールおもしろいアニメが放映されていることの表れだろう。

 

紅白が始まってしまった。2016年も終わりだ。2017年はどんなアニメに出会えるのだろうか、今から楽しみで仕方ない。来年も良いアニメライフを送れるものと信じている。ただ来年こそ視聴数を元に戻したいところではあるが……

 

みなさん、良いお年を。

 

 

 

2016年テレビアニメ、話数単位で選ぶマイベストテン(20本ノミネート連続視聴方式) ―第10位~第6位―

 

さて、2016年が暮れてしまう。というわけで、興味はあったがこれまで自分ではやったことのなかった、「話数単位で選ぶ今年のテレビアニメ10本」というやつをやってみようと思う。

しかし、ただ記憶を呼び起こして10本選んでちょちょいと感想めいたことを書いて終わり、ではせっかくの年末、いささか面白みに欠ける。そこで、以下のようなレギュレーションを考えてやってみた。

 

「今年の10本」に選びたい話数を20本選び、これをノミネート作品とする。

同タイトルからは2本までとする。ただしできるだけバラけるのが望ましい。

20本の試聴順をなんらかのランダム方式で決定する。(私はあみだくじを利用した)

試聴順に沿って20本をできるだけ一気に視聴。

改めて見直した感想、そして初見時の記憶などをもとにノミネート20作品の中から上位10本を選ぶ。上位10本については順位をつける。(なお、ノミネート作品の中に同タイトルから2本選んでいた場合、その2タイトルを両方とも選出することは構わないが、できるだけバラけるのが望ましい)

 

このテのものでは10本選出したあとに順位をつけることは一般的でないように思える。しかし、そもそも10本選出している時点で10位と11位以下との間に順位、優劣をつけているのは明確なのであるから、それならばいっそ選出された10本の間に順位をつけてもよかろう、いやむしろせっかく20本見返すのだからとことんまでつけてやるぞという気持ちで順位をつけることに決めた。

まず、選ぶだけでなく見返そうと思ったのは、やはり秋クールのアニメに比べれば冬クールのアニメは記憶もだいぶ薄れ、感想を書くことはおろか自信を持って選出することすらままならないと考えたからである。また20本選んだのはパッと思い返しただけでも「今年の10本」に選びたい作品はゆうに10を超え、記憶のあやふやなまま10本選んでも納得のいくものにはならないだろうという考えのもとである。もちろん20本でも収まりきらないのだが、一気に見返すことを考えれば1日の試聴数としては20本が妥当なところだと思い、20本とした。もちろん時間がなければ15本でもいいし、アニメ視聴体力に自信があれば30本ノミネートしてもいい。

そして試聴順をランダムで決定。こういう主観たっぷりで選ぶようなものは(吹奏楽コンクールなんかを考えるとよいかもしれない)、順番によって左右されるところがどうしてもある。終盤に見たものの方が印象に残りやすかったり、いいものの前後は印象が薄くなったり、などということである。最初に見たものを基準にしたりすることもよくあることだろう。初めは時系列順、逆時系列順、はたまたサブタイトルの五十音順なんかも考えたが、やはりランダムで決定した方が運の要素も絡まっていっそう面白くなるのではないかと考え、このようにした。結果から言えばこれがよかった。試聴順を眺めているだけでなんだかウキウキしてくるし、自分で恣意的に選んでいてはこうはならないだろうという順番になって楽しい。

20本一気見(途中ご飯を食べに外出し、帰ってから数時間寝たので一気見ではないが)はやはり想像していた通り大変楽しかった。2016年を振り返っているなという実感もあった。

 

ちなみに20本のノミネート作品の選び方であるが、私は記憶を頼りにしつつ、自分のTwilogを漁って大雑把に選び、その中から少しずつ選別していった。これを選ぶのも大変ではあったが、「20本にかかるかかからないかの作品が10本に入ることはそんなにないだろう」と考えるとわりあい気持ちは楽に選ぶことができた。それはそれとして見返したい話は20本以外にもたくさんあったわけだが……

 

 

御託が過ぎた。悪い癖である。それでは以下、10位からの発表である。

 

 

 

 

 

 

 

第10位:『競女!!!!!!!!』第9話「ジャングルジムの覇者!!!!」(秋)

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 唯一無二の"尻"作こと『競女!!!!!!!!』より、東西戦第1戦目の回。

元柔道日本代表宮田さやかと彼女の競女挑戦を許そうとしない父との和解を熱いバトルといつもの競女テイストに組み込みながら描いた屈指の名回なのであるが、やはりこの回は井口裕香演じる七瀬奈美が名脇役として一際光っている。

さやかに対し柔道から「逃げた」とこれでもかというほどに何度も劇中で言い放ち、私はあなたと違って一途に競女に向き合ってきたと言う七瀬は、他のスポーツに対して心のどこかで劣等感を覚えているように感じられてならない。「元柔道日本代表」というどこに出しても恥ずかしくない肩書きを持った宮田さやかに対しては、おそらく心のどこかで激しいコンプレックスを感じていたに違いない。競女が柔道から「逃げた」先だと言うことは、無意識のうちに競女が柔道より下であると認めているようなものだ。そしてそんな七瀬に対し「私がここにいるのは、競女が好きだからよ!!!」と言い放つさやかが最っ高にカッコいい。「好きだから」やっぱりこういう言葉には弱い。好きであることが何より大切だ。

またさやかの父も、競女を下にみていた気持ちは同じだろう。おそらく父は競女を品のないスポーツだと、いやそもそもスポーツだとも認めたくなかったかもしれない。そんな父が、娘の頑張る姿を目の当たりにし、会場全体が娘を応援している中にあり、そして最後勝った後に見せた娘の顔を見て、グッと親指を立てるシーンは最高だ。

そしてなによりも、柔道とさやかと競女がつながった最後の「乳首一本背負い」のシーン。「柔道はお尻を使うんだ」と指導する父との回想シーンも挟まって、宮田さやかにしかできない技、宮田さやかにしかできないシーンである。これだけいい文脈を持たせておきながら、あの画を出してくるのは反則だろう。泣き笑いで顔がグチャグチャになってしまう。

そして忘れてはならないのがさやか母である。子どものころのさやかが競女場に行った回想でさやかを連れてきていたのは、誰あろうこの母であった。おそらく母は競女が好きなのだろう。さやかが瀬戸内競女養成所に入るにあたっては母が味方になってくれたんだろうなあと考えるとまた一段といい文脈になる。それはそうとさやかが勝ったときにさやか母が見せた、親指人差し指中指での三本指ピースがめちゃくちゃかわいい。

ただワードと絵面のパワーに圧倒されるだけではもったいない、見事見事な一本であった。

 

 

第9位:『ファンタシースターオンライン2 ジ アニメーション』第12話「境界を超えるRPG」(冬)

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 サブタイトル「境界を超えるRPG」が秀逸な、このアニメの最終話に相応しい回。

PSO2アニメは、ゲーム原作アニメなら当然ゲームの中の世界を舞台にするだろうという先入観をぶち壊し、徹頭徹尾現実世界とゲーム世界の地続き性というものを描いたアニメであったわけだが、上に挙げた屋上のシーンでのリナ会長のセリフはまさしくそのテーマを端的に表すセリフであり、お気に入りのセリフだ。

リナ会長がダークファルスに囚われているシーンでは、まさかの全裸レイプ目触手拘束。あまりに私を狙い撃ちにしている。まあそれはそれとして、イツキがリナ会長を助け出そうとするときの「生徒会長…!先輩……!…………、リナあああああああああああああああああああ!!!!!」の三段活用が最高すぎる。ここもお気に入りのシーンだ。

その間、現実世界でも変わらずに文化祭が賑やかに行われている描写をしっかり入れてくれるのもこのアニメらしさが出ていて本当に良い。イツキたちはこの世界を守るために戦っているんだということを、静かに強く伝えてくれている。まあもちろんリナ会長を助けたいという思いが強いわけではあるが。

後夜祭挨拶でのリナ会長の「エブリバディー、イェーイ!」は言わずもがなだが最高にかわいい。このアニメを見て諏訪彩花さんがグンと好きになった。

最後の卒業式後のシーンは、これまでの話の中でイツキとリナ会長が話をするときに印象的な舞台として登場してきた屋上を別れのシーンに設定するのがニクい。いや、別れのシーンではない。オンラインゲームがあれば、いつでも、どこにいても会うことができるのだということをリナ会長が、そしてアイカが教えてくれる。完全に100点満点の最終話であった。

余談だが、本編後に流れる「君は見てるだけで、満足なのか!?」のCMは、本編の完成度が高すぎたために本当に見てるだけで満足になってしまったことでCMとしての力を失ってしまった稀有な例である。

 

 

第8位:『タイムトラベル少女 ~マリ・ワカと8人の科学者たち~』第3話「反骨のフランクリン」(夏)

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 教育アニメという面を持ちながら、近未来科学SFエンターテインメントとしても高い完成度を見せてくれた本作からこの一本。

本作はマリ、ワカたちの他に、個性豊かな科学者たちもキャラクターとして大きな魅力である。個人的には科学者たちのなかでは4話に登場するボルタが一番好きだったりするのだが、この3話に登場するのはベンジャミン・フランクリンである。

このアニメ、ドアサアニメらしく(?)メインターゲットたる小学校高学年から中学生あたりにとって大切で身近な「勉強」の描写を惜しまない。さすがアニメーション制作が教育事業を中心とするワオ・コーポレーションの系列なだけはあり、その描写はリアルだ。

さてこの回は英語の補習のシーンから始まる。「なぜ勉強なんかしなきゃいけないのか」 これは誰もが一度は思ったことではないだろうか。この補習のシーンで出てくるのが今回の科学者フランクリンの言葉「Well done is better than well said.」である。

補習から帰ったマリはワカと旬兄と共に研究所の地下室を見つけ、過去にタイムスリップする。そのマリが向こうで最初に出会ったのはそう、黒人奴隷のジャンであった。翌日朝から洗濯をするジャンを見てマリは一言「ジャンは学校に行かないの?」ジャンが奴隷であり奴隷は学校に行ったりしないことを聞かされるマリ。この話の最後に現代に戻ったマリは言う。「勉強できるのが普通じゃない時代があったんだ」

こんなものは大人による論理のすり替えでしかないと思うかもしれない。確かにそうだ。「なぜ勉強なんかしなきゃいけないのか」という問いの答えにはなんらなっていない。いやでもしかし、女子中学生たるマリはこの経験を通して素直に勉強してみるかという気持ちになっているのであり、そのこと自体が重要なのではないか。英語、歴史、そして科学。三教科を巧みに組み合わせて「勉強」への向き合い方を考えさせるこの構成は、ため息が漏れるほどに美しい。

また、全編に通ずる点でもあるが、この回で見逃せない点がもう一つある。それが教会の描写だ。

科学の発展を軸に据えたこのアニメでは、教会は事あるごとに科学の「敵」として描かれる。なかでもこの回は特にその色が強い。避雷針設置を認めないばかりか、神の怒りを鎮めて雷を止めるためとして、けが人にも休まず祈ることを強要する神父に対し21世紀人のマリが憤りを露わにするシーンは、屈指の名シーンだと思っている。それは前近代において高い社会的地位にあった「無知蒙昧」な宗教者に対する、科学社会の21世紀生まれ、社会的地位は何もないただの中学生による「啓蒙」の試みのシーンといえる。「タイムトラベル」によってこそ、このクロスした状況が出来上がる。設定を死なせず、活かす。これができるアニメはつよい。

実験のシーンでは「絶対にマネしないでください」との注意テロップ。こういうところで、ああこのアニメはやっぱり低年齢層が見るように作っているアニメなんだよな、と再確認できてよい。低年齢層向けであることが作り手側と視聴側との共通理解としてあるからこそ、わかりやすく、直球な演出を素直に受け止め、素直に称賛できるのだ。

 

 

第7位:『ViVid Strike!』第4話「リンネ・ベルリネッタ」(秋)

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 今年最大の「暴力」アニメ『ViVid Strike!』より最高の「暴力」回を一つ。

対戦相手を病院送りにしても表情一つ変えない、そんなヒールとして描かれてきたリンネの過去回である。

これはもう見たときの、やるせなさと爽快感と喪失感と高揚感のグチャグチャに入り混じったあの感情が恐ろしいほど魅力的、そう感じてしまった。あの、普段ならばどうやっても倫理観が邪魔して気持ちよくは思えない下駄箱前での暴力シーンを描くにあたり、その倫理観を取っ払うためにただただ目を背けたくなるようないじめのシーンを描いた。そうしたことで最後の暴力シーンに倫理観ストッパーを働かせなくさせ、あの高揚感とも爽快感とも言いたくなるようなドス黒い感情を湧き出させることに成功してしまった。

最後のシーンはSEもいい仕事をしている。明らかにヤバい音、美少女アニメには似つかわしくないあの音を惜しげもなく聞かせてくる。しかもそれは、誰あろう孤児院時代あんなに無垢な笑顔を見せていたリンネ・ベルリネッタその子によって出された音であるのだ。

また、最後のシーンで下駄箱に蹴りつけるところで右手で腕を折った子を持って引きずっているのが本当に最高。さらにその子の顔を迷いなく踏みつけるところは、あのトイレでスマホが踏まれたシーンを思えば納得の一撃。こんな風に、絶対に許されるはずのない暴力に「納得感」を与え、あまつさえ上記のような「爽快感」「高揚感」を与えてしまったところが、この回のヤバいところなのである。

 

 

第6位:『アンジュ・ヴィエルジュ』第9話「誰よりも速く」(夏)

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「それぞれが呼び合って目覚め出す……」『アンジュ・ヴィエルジュ』から、白の世界 -システムホワイトエグマ- の決着回。 

白の世界は数式の世界。というわけで(?)この回では作品中でも屈指のパワーワードがガンガン登場してくる。これが一つ大きな魅力である。

「無限大の半分の距離」「無限大の距離でも、速度が無限大になれば約分されて到達できる(!!!)」「よって無限に加速が可能」「重力スリップストリーム!?」

こんなことを大真面目に語られてしまう。特に「速度が無限大になれば約分されて到達できる」は最高。そんなの聞いたことないけど、妙な説得力があるのがこのアニメのすごいところだ。

他にこのアニメらしい愛おしさが出ているところは、ステラが発進するときのなんだかショボいF1のスタート信号機のようなディスプレイ、まさにF1そのもののエンジン音、そしてなぜか荒いドットで描かれるハートとワクチンだ。なんでああなったのかわからないが、抜群にこのアニメらしさが出ているし、抜群に面白い。

以上のことはそれとして、やはり紗夜がステラをビンタするシーンは何度見ても泣いてしまう。寿美菜子さんの演技、そして涙で崩れた紗夜の顔の作画が素晴らしい。道具だと思ってたら腹を立てたりなんかしない。そう言う紗夜の顔は、紗夜の声は、本当に悲しそうなのだ。

……なんか足りないなーと思いながらEDへ。Cパートは待ってましたいつものアレ。裸エプロンで爆発オチ(ハート雲)には脱帽しかない。

 

  

このまま第1位まで行きたいところだったが、調子良く書いていたらあまりに字数が多くなりそうなので、第6位まででいったん切ることにして、第5位から第1位は後編として分けることにする。少々お待ちいただきたい。

 

 

2016年12月31日19時47分、後半書けました

 

nun-tya-ku.hatenablog.com

 

 

 

映画『ポッピンQ』感想 ―23歳男子大学院生の中の15歳女子を呼び覚ませ―

 

『ポッピンQ』を観てきた。

正直そこまで期待はしていなかった。飲みに行く約束をしていて、その前になんか映画でも観ますか、くらいのノリだった。映画の話をきっかけに今年のアニメの振り返りでもしよう、そのためにはむしろそのくらいがちょうどいいだろう、というほどの気持ちまであったかもしれない。

素直に謝りたい。

結論から言うと映画は抜群にいいもので、結局居酒屋ではほぼ終始『ポッピンQ』の話をして楽しい時間を過ごした。

 

まだ観てないよ、という方には、是非余計な前情報なしに観てほしい。声優誰々が出るらしいし観るかー。このくらいのスタンスで観てほしい。なんかダンスするらしいけどダンスなー、どうなんだろうか。ダンスで世界救うってなんだよ。そう、このくらいのスタンスだ。

 

ただ一つだけ、絶対にこれだけは心に留めて観てほしいことがある。

大人の目線で見ないこと。自分を主人公たちと同じ15歳の女子にして見ること。

一つと言いながら二つだが、まあこれは二つで一つである。

 

それも、斜に構えた15歳ではない。かわいいものを見てかわいいと言い、カッコいいものを見てカッコいいと言い、ストレートを見て真っ直ぐだと言う、そういう15歳である。いきなり15歳になるのは無理だろう。それでいい。だが最後まで実年齢のあなたのままで見ないでほしい。上記のことを心に留めていれば、物語が進むにつれ、どこかしらの地点で15歳になれるはずだ。何言ってんだコイツ、という方は、ちょっとイメージトレーニングをしてから映画館に足を運んでほしい。斜に構えた見方ではなく、いつの間にか同じ目線に立って素直に楽しむイメージ。誰しもそんな経験があるはずだ。それでもイメージできなければ仕方ない、この映画でそうなってもらうほかない。

 

せっかくお金を払って時間をかけて映画館に行って映画を観るのだ。評論家気取りなんかのためにお金を無駄にするのではなく、めいっぱい、最大限に楽しんでほしい。人間はそれができるはずだ。

 

 

映画が始まり、はじめは23歳の自分が見ていた。だがいつの間にか23歳の自分はどこかにいってしまい、映画館の席に座って画面を見つめるのは15歳女子の魂だった。それでも時折23歳が顔をのぞかせ、シニカルな笑いを見せようとする。いやしかし15歳女子はそんなものははね飛ばし、ストレートを真っ直ぐに受け、真っ直ぐに涙を流す。ただ悲しいかな、23年間生きてきて顔に染みついたオタクスマイルだけは魂が変わってもどうにもならず、現実世界にいるのはニヤケ顔が収まらないままにボロボロ涙を流し続ける23歳である。

それでもいい。たとえ外見は変わらないとしても、魂まで凝り固まらなければ。

 

以下、ネタバレを抑えずに感想を軽く記す。未見なら、できれば以下は見ずに『ポッピンQ』を観てほしい。未見にもかかわらず以下を読んでしまったら、償いとして『ポッピンQ』を観てほしい。『ポッピンQ』を感じるのに、作品を見ずに私の言葉をもってそれに代えることはできないからである。嗚呼、宮原監督の注いだ愛情、熱情、時間に比して、私の小手先で紡ぐ言葉のなんと陳腐で退屈なことか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

できればとか書きましたが、未見でしたら本当に以下は読まずに映画を観てほしいです。どうしても読みたくなったら、上の「これだけは心に留めて観てほしいこと」を心に留めながら映画館で『ポッピンQ』を観てください。そうしたら、思う存分全部読んで構いません。いやむしろ読んでください。

あ、ただ最後の5行だけは未見の方にも読んでほしいです。目をつぶって一番下までスクロールすれば大丈夫ですが、好奇心に負けて目を開けてしまうかもしれません。自信がない方はやっぱりここで引き返していただいて、映画を観てから思う存分スクロールしてください。

 

次こそ、以下ネタバレあり感想です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直中盤までは、退屈とまでは言わないにしても、世界観説明やキャラの掘り下げがあまりに不十分ではないだろうかという気持ちがあった。主人公伊純は別にしても、その他の4人は現実世界でのほんの少しの描写のみでとても感情移入とまではいかない。ましてや沙紀に至っては終盤まで碌にセリフもなく画面にもほとんど出てこない。ポッピン族の世界が多数の時空のハブ時空だとして、なぜ伊純たちの時空にだけ時のカケラが4つとも(レノを入れれば5つ)あったのか、他の時空はどうしたのか。というようなことだ。

23歳の自分が観ていた間の感想である。まあオリジナル作品であり尺も限られているということ、また一応は低年齢層もターゲットに組み込んでいるところを思えば十分目はつぶれる範囲であった。これらの点については、いくらでも指摘ができるだろう。最後まで23歳だったら、「まあよかったところもけっこうあったけどさすがに穴が多いかな…」みたいなしょうもない感想で終わっていたのかもしれないと思う。

 

だが沙紀とレミィを助け出すためにアジト(?)に乗り込んだあたりからスイッチが切り替わったらしい。そのあたりからは終始ニヤケたままラストまでいってしまった。

アジトでの戦闘で覚醒した4人は特殊能力に目覚める。まあここも23歳が見たら「?」なわけだが、ここでの特殊能力で4人の個性みたいなもの、4人のキャラクターをどう動かしたいのか、ということがストンと入ってきて、もうあとは15歳女子になって楽しむだけになった。「キグルミ」の中にポッピン族のちっちゃいのが詰め込まれてて、結び目を外せば開放されるというギミックも素直で好きだった。だからだんだんデカい敵が増えるのか、と。

 

そこからは「それ好き…」というシーンが立て続け。冒頭の両親に反抗する伊純に対しておじいちゃんが言った言葉を繰り返してみるシーンとか、橋が落ちるまえに渡り切るシーンとか…… 特に後者はベッタベタの展開なのだけど、初めは伊純に対し(というか全員に対し)心を開いていなかった蒼が伊純を信頼しているところとか、過去の苦い記憶に向き合わされて、そしてそれを乗り越えるところとか、抜群。あまりに都合のいいシーンすぎるのだが、あそこであれを素直に楽しめないような大人ばかりなら、この世はあまりに息苦しすぎると思ったりする。

 

屋上の黒沙紀のシーンも大変よかった。あったのかなかったのかわからないような、いやそれでもおそらくはあれが確かにそうだったんだろうななどと思う、そんな青春を本当にいつの間にか遠いところに置き去りにしてしまった、そんな過去のティーンエイジャーたちにグサグサ刺さるシーンだった。永遠に今をやり直せる、そんなことができたならいったいどうなるだろうか。大人は過去に戻りたいと言い、永遠にやり直せるならいいじゃんと考えるものだ。私もそう。昔に戻って永遠にやり直せるなら、なんて考えない大人はいない。でも、沙紀は前に進むことを選ぶ。もはや完全に15歳女子になっていた私は大きく頷く。「そうだ!そうだ!進む先は前だ!明日だ!!未来だ!!!」

 

そして奇跡のダンス。もう15歳女子なので言うことがない。最高。「ダンス3分のための1時間半です」と宮原監督はパンフレットのインタビューページで語っている。その通り。さすが監督、最高の分かり手である。

 

現実世界に戻って卒業式前後のシーン。個人的にはここが最高潮である。ボロボロどころかダバダバ泣いていた。伊純がナナに謝り、そしてナナは今度も負けないからと言ったあと向こうを向いたまま手を振るシーン。その向こうを向いたまま手を振るところがいい。先に行くぜ、ついて来いよ、追い越してみな、嗚呼あれぞ15歳。12歳でも、18歳でもない。15歳の味がある。そして両親とおじいちゃんとのシーンも素直に良い。ひねくれていて反抗期、だけどやっぱりその中心には子どもの素直さを持ち合わせている。それが15歳ってもんだろう。12歳は子どもに過ぎ、18歳は大人に過ぎる。23歳なんて15歳に比べれば干物もいいところ。23歳のままあれを理解しようってのは、まあ無理なわけである。いわんや30代をや。ただし40代くらいになって子どもを育てる経験をすれば、また違った視点から15歳がわかるんだろうなあという気持ちもある。そして後輩女子美晴との卒業証書筒をバトンにした(!!!)リレーのシーン。もうね、大好き。しかもそれも普通にバトンをつなぐのかと思いきや、走り抜けて「追ってこい!」である。未来を託すのは次の世代なんかではない、自分自身なのだ。何度も言うようで大変申し訳ないが、18歳ならこれは成立しないだろう。

 

もちろん伊純以外の4人のシーンも良い。楽しそうにピアノを弾く小夏、合気道に絞ったあさひ、落書きを消し、晴れやかに踊る沙紀。クラスメイトにサインをせがまれる蒼には笑ってしまったが。蒼、陰で嫌われるタイプじゃなくて陰で人気あったタイプなんだな。まあめっちゃイケメンだしかわいいしそうなるよな……

 

そしてEDの歌の歌詞である。普段なら恥ずかしくてまともに聞いていられないようなズバズバストレートド直球。「さよなら。ありがとう。卒業という名のはじまり 新しい明日が待っているから 僕たちは旅立つ」だぞ!? これ、この映画を観た後だったらドバドバ泣けてしまう。すごい、これが映画の主題歌ってやつなのだ。歌詞についてはダンスのときの歌ももちろんそうだ。(正確にはこっちの方が主題歌らしい)

 

 

終わりだと思った。終わりだと思ったはず。最後のあれに関しては、すごい、これ、やっちゃうんだ、でも、すごいなあ…… という感想。肯定的感想。最後の一言、これやっぱりすごいな、と。

「君は、どうする?」

どうする?なんて言われたって…… まあもういっぺん観に行きますけど……

 

 

正直まだまだ言いたいことはたくさんある。軽くと言いながら全然軽くないのはまあよくあることだ。声優のキャスティングは見事だったと思う。木戸衣吹はいないが山崎エリイがいる、小倉唯はいないが石原夏織がいる。後輩は田所あずさ父親小野大輔。頭のいいキャラクターに井澤詩織をぶつけながら、心を閉ざした消滅願望少女にはもうやっぱりやっぱり黒沢ともよ。ああキャスティングの妙。ここにもいたかM・A・O、そしてそして若々しいポッピン族に溶け込むベテラン新井里美

 

このくらいにしておこう。沈黙は金、雄弁は銀、オタクのしゃべりは一回戦敗退だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは最後に。パンフレットに載っていた新井里美さんのメッセージが、私がこれまでつらつら書いていた文字たち全部よりも何よりも、私の言いたいことを言ってくれている。それを引用させていただいて終わりとしたい。

 

「10代の女子、これから10代になる女子

かつて10代だった女子や男の子にも観てほしいです」