『アイドルコネクト』の想い出、現在進行形、その少し

『アイドルコネクト -AsteriskLive-』というソーシャルゲームがある。いや、あった。…………いや、ある。

 

このゲームは、有り体に言えば生まれてすぐに終わってしまった、死んでしまった。しかし少しだけ特殊な点があるとすれば、このゲームの長い長いお通夜はまだ続いている。昨年8月中旬にリリースし、その3か月半後の11月末をもってサービスを終了したアイドルコネクトはいまだ葬儀場にもっていかれるでもなく、遺族たちはまだその姿をとどめているなきがらに向かって話しかけ、見守り、最後のときを惜しむように、願わくば帰ってきてはくれまいか、そうは言わずともこのままお別れしたくはないと思いながらアイドルコネクトと向き合っている、まるでそのような光景だ。

しかし長く続いたお通夜は、必ず上る朝の陽と、小さいながら盛大なお葬式をもって区切りをつけなければならない。そう、アイドルコネクトにとって初めての現実でのライブが、CDのリリースイベントという形ではあるが来月9月17日に行われるのである。

私はこの現実でのライブというものを待ち望んでいた。アイコネ楽曲についての思いは後述するが、とにもかくにも現実でこれらの曲をライブで聴ける機会さえ与えてくれれば、もうそれ以上は望まない、そう思っていたしそう思っている。だが、実際に「それ」が目の前に置かれると、なんとも言えない気持ちになるのは私だけであろうか。もちろん、うれしい。飛び上がるほどうれしい。実際に目の前で彼女らが歌うことを想像(それはもはや妄想ではない!)すれば骨とて動かせそうなほどにワクワクするし、笑みと感情がにじみ出てくる。もちろん参加できるのは150人であり、私はそれに参加できないかもしれない。参加できなければ肺を握りつぶすほど悔しいであろうが、それとて「アイドルコネクトのライブが行われた」という事実に比すれば些細なことである。

 

しかし、どうしても考えてしまう。区切りを。意識してしまう。お別れを。

 

現実世界でのライブの開催。ゲームが終わったときに考えていたありうる最大限の義理立てを、彼らは、彼女らはやってくれた。やってくれる。もちろんその先を考えないわけはない。ストリエでのメインシナリオの続き、続くCDリリース、次のライブを含めたイベント、そして『アイドルコネクト』の復活……。望まないわけはないし、その可能性がまったくないと言い切ることもしない。アイドルコネクトはキリストが如く死者のうちから復活するか?ソーシャルゲームゴルゴダの丘には、果てしない数のされこうべが転がっているのだ。

果たしてお葬式が終わった後、末永く遺族たちは故人を偲び続けるか。その魂はいつまでも現世に留まりつづけるか。「区切り」がつくそのときは、もう来月に迫っているのである。

 

「お通夜」や「お葬式」といった言葉を使ったことに対し不快を感じる方もいるかもしれない。素直にお詫びしたい。しかし、私はアイドルコネクトと向き合うためにこの言葉を使った。

 

 

いつものように前置きが長くなったが、私の『アイドルコネクト』への思い出を少し書いておきたい。ライブに向けてアイコネ楽曲を聴き込もうとするのだが、いつも頭に思い出が浮かんできてなかなか楽曲に身を入れることができないため、ここで一つとりとめはなくとも文章として残すことで少しでも整理をしておきたいという想いである。

 

私がこのゲームを始めたのは、余命宣告もとうになされ、サービス終了を約1週間後に控えた頃であった。Twitterで名前とゲーム画面は目にしており、インストールだけはサービス終了が告知される前にしていたように記憶している。サービス終了の告知を非常に残念がるフォロワーのつぶやきを目にし、終わる前に少し触っておくかとは思っていたが、実際にゲームを始めたのはかなりの終了間際だった。

あと1週間で終わってしまうことが分かっているプレイヤーとして、ゲームチュートリアル終了後の「これからどんどん想い出をつくっていきましょうね!」というようななんでもない言葉が、重く重くのしかかったのをよく覚えている。というか、「1週間後にはこのゲームは終了し、彼女らの物語もなんらかの形で紡がれることはあれ先に進むことは決してない」ということを意識してしまったことで、この後に見ることになる様々なシーン、様々なテキストが図らずして重く鋭くなってしまった。それはある意味貴重な体験ではあったが、そうではない、終わりを意識しないアイドルコネクト、文脈を付与される以前の純粋なる『アイドルコネクト』はどのようなものであったか、それを感じる機会をそのときすでに失ってしまっていたことは事実で、その『アイドルコネクト』を体験したかったと、今更ながらにふと思うことはある。

『アイドルコネクト』はいわゆるアイドル育成リズムゲームである。プレイヤーはプロデューサーとなり、3人×3のユニット、合計9人のアイドルたちを、様々なストーリーを通して成長させていき、アイドルとしての成功を目指していくという、ざっくばらんに言えばそういう物語である。「音ゲー部分はお粗末だが、テキスト、ストーリーは良い」という評判を聞いていたが、果たしてその通りであった。初めはいわゆる「使えそうな」部分だけスクショを撮っていたが、すぐに史料的価値をも考え、そしてその画面その画面に対する愛しさにも似た感情を覚えたために、ストーリーのほとんどの画面のスクショを撮った。おかげでストーリーを読んでゲラゲラ笑いながら、あるいはときにポロポロときにわんわん泣きながらパシャパシャという無機質な音をも耳に残したものだ。

 

私がアイドルコネクトのストーリーを読んでいて初めて明確におっと思ったのはナチュライク!の1つ目のストーリーだった。ストーリーとしてはロシアのクォーターのアイドル、柚木ミユが初めてのライブにロシアに住む祖母を(バーチャル空間上ではあるが)呼ぶというもの。ミユは祖母から手紙がたくさん送られてくるのだがロシア語が読めず何と書いてあるかわからない。その手紙をメンバーの泉水つかさ、坂上八葉が辞書を片手に徹夜で翻訳してミユに読ませ、ミユはそれを読み、ライブをその手紙のお返しにできたと喜び、アイドルは楽しいと口にする。

私は柚木ミユの持つ空気感、そして絶妙にマッチした関西弁にとろけるほど心をつかまれてしまった。アイドルのタマゴでしかなかった三人が初対面で出会ったところから始まり、まだ知り合って間もないメンバーのためにロシア語という高校生には未知とも言える言語に取り組む姿は、彼女らの持つ純粋さと優しさ、そして好奇心を見事に描いており、ミユのあっけらかんとした言動と祖母への確かな想いと共に非常に好ましいエピソードだった。(もちろん読んでいるときはただただぽろぽろ泣いていただけなのだが) 加えて、最後にミユがハイタッチの手に恋人つなぎをするシーンはもうあまりに完全に恋に落ちてしまった。いや、プロデューサーがアイドルに対して恋に落ちることはもちろんないのだが、私はプロデューサーとしてあの場面を冷静にくぐり抜けることはできなかった。ちょっとラノベ文脈が過ぎるかという冷静なツッコミもできるが、あの瞬間の感情に比べればそれは大した問題ではないように思える。余談だが柚木ミユさんのCVを担当している木村千咲さんは兵庫県出身であり、同じく兵庫県出身の自分にとってはミユの関西弁は過去最大級にきれいな関西弁だと感じたこともよく覚えている。いつか直接そのことをお伝えしたいなどと思っているが、冷静に考えて関西人が関西人に「関西弁めっちゃきれいでした!」と伝える場面はシュールを通り越して確実に何か違う気がする。ストーリーの話に戻れば、その前に読んだGARNET PARTYのストーリーがこうしたソシャゲには珍しくギスギスした雰囲気をはらんだものであったのもあり、全体的に優しくほわほわしたナチュライク!のストーリーにやられたかたちだ。(もちろんガネパのヒリヒリするような空気感もアイコネストーリーの魅力だと思っている)

 

以降、アイドル個別ストーリーを見つつ、メインストーリーを最後まで開放するため、特にラストの数日は起きている間ほぼずっとアイコネをやっていたように思う。ストーリーを読んでぽろぽろ泣きながら延々とスクショを撮り、さらに次を開放するためにこれまたもう触れなくなる音ゲー部分をやり続けた。その結果、サービス終了1時間前にガネパ4章まで見ることができた。しかしあの引きで終わってしまうのはあまりにあまりだ……と強く強く思ったものだ。

個別ストーリーでお気に入りは何かと言われると、やはり『怒りの空子』だろうか。空子に関して、当初はよくある二次元アイドルグループのセンターという認識だったが、『怒りの空子』では彼女の強烈な個性と言えるほどの優しさ、天然なところ、そのかわいさ、そして何より他人を思う気持ちがコメディ調の中でいかんなく描かれていた。このエピソードなどを通して空子を好きになったことは、『アイドルコネクト』を好きになる上で非常に重要なピースだったように、思い返してみるとそう思ったりもする。

アイコネストーリーにおける個別ストーリーは思い返してみれば大変いい働きをしていたように思う。比較的ヘビーな物語の続く、「読ませる」メインストーリーに対し、個別ストーリーはライトなノリで読みやすく、またテキストそれ自体の持つ破壊力も大きかった。(例えば留奈のアイドル講座でのやりとりなど。個別ストーリーを切り取った画面をTwitterにあげることで、例えとしては強すぎるが『NEW GAME!』のようにそこから話題になる未来もありえたと思っている) その上でメインストーリーでは描き切れないアイドルたちのユニットを超えた交流や絡み、そしてアイドルたち個人個人の持つ魅力を描く場として大きな役割を果たしていた。例えばアイマスシリーズではプロデューサーとアイドル個人個人との向き合いが重要な要素の一つとなっているように思え、デレステを例にとると、アイドルとの個別コミュにはその他のアイドルは登場しない。(ストーリーコミュやイベントコミュには複数のアイドルが登場し、その掛け合いや絡みはもちろん要素として大きいとは思うが) 一方でアイコネではそれぞれの個別ストーリーで逆にアイドルが一人しか登場せず、プロデューサーと一対一というものはほぼなかったように思う。もちろんこうした比較はむしろアイマスが特殊でありアイコネの特殊性を示すものでは必ずしもないとは思うが、アイコネで重視されていたのは「プロデューサーとアイドルとの一対一の関係」ではなく「(コーチなどのサポート役も含めた)事務所、そしてアイドルという世界を通して、それまで普通の女の子であったアイドル""たち""がお互いに作用し合いながらいかにそれぞれの魅力を開花させていくか」であったのであろうと言うことができると思う。

 

たった1週間ほどだったが非常に濃い『アイドルコネクト』との出会いを果たし、続いてはストリエと(ゲーム内未使用楽曲を含めた)楽曲たちによってアイドルコネクトは私の体に沁みていった。ストリエに関しては背景であのゲーム背景が使われたことがニクいなあと思ったり、あのときと変わらない素敵な彼女たちが感じられたことを心から喜んだりした。ストリエで新たにアイコネに興味を持った人がどれだけいたかは正直苦しいところもあるだろうが、やってくれたことには本当に感謝というのが偽りない気持ちである。

 

そして楽曲たちである。アイコネ楽曲にはゲームが終わってから聴くとどうしてもそのことと紐づけてしまうような歌詞が多くあって、聴くたびに頭を抱えていた。もちろんそんなことを予期して作ったわけではなかろうが、それらの歌詞は文脈を得てしまった。

「「夢」は生き延びていますか「愛」は無事かな 全部 全部おしえて! キミが泣き出すよーな歌 好きに歌ってるから ヒマな時、聞いていいよ」(『ナチュラル*シャイニー』ナチュライク!(柚木ミユ、泉水つかさ、坂上八葉/CV.木村千咲、橋本ちなみ、日高里奈))

「一つ誇れたこと 生きた証がある「足跡がある!」」(『空になるよ、このハピネス。』春宮空子(CV.森千早都))

「ずっとこのまま時が流れて 結ばれないとしても 後悔しないずっと信じてるから 君じゃなければ意味がないよ」(『恋する私←New!』瀬月唯(CV.相坂優歌))

「さよならウサギさん あと5分のエピローグ 習いたての歌うたって 星空に響かせるの ちょうちょ結びが上手で 泣き虫の女の子 こうしてきっと大人になるって ありがとう おやすみ ——また会えますか?」(『さよならラビット』古風楓(CV.大森日雅))

「見ていて 白紙のページ 描き出すから」(『WHITE PAGE』瀬月唯(CV.相坂優歌))

「明日また目が覚めても 昨日の僕とそんなに変わりゃしない これから先迷わないで行こう 今はまだ坂道の途中」(『坂道の途中』坂上八葉(CV.日高里奈))

 

アイコネ楽曲はナナシスほどアイドル性を帯びた曲たちではないが、シンデレラ楽曲ほどキャラソン寄りというわけでもないと思っている。ソロ曲は個人のキャラクターとリンクするものが少なからずあるものの、彼女らを知らずともアイドルソングとして完結しうるものだと思うし、ユニット曲はユニットごとのカラーを出しつつ2パターンの楽曲をもっていて派手さは薄いが聴きやすいという印象だ。ところでミユは歌が超上手いという設定だが、ソロ曲は2曲ともミユらしいほんわかした曲調のためその歌の上手さを聞かせる歌というわけではないように思う。しかしナチュライク!のユニット曲ではなかなか存在感のある歌声を出しており、普段のミユとのギャップが楽しめて好きだったりする。

 

そしてここに今週末発売になる全体曲『Star*Trine』が加わる。

 

 『Star*Trine』を目の前で歌われたら一体どうなってしまうのだろうか。そしてその他の楽曲のうち数曲も歌われるかもしれない。そうしたら、そしてそれがもし自分の目で、耳で、皮膚で、頭で、鼻で感じられたとしたら、一体どうなってしまうのだろうか。

どうなってしまうのだろうか……

 

 

想い出、と言ってみたところであまりにとりとめのない文章であった。しかし考えていたことのほんの一端ぐらいは言葉にできたのかもしれない。ゲームのことやそれぞれのアイドルのこと、いろいろなこと、まだまだ言い足りないしそもそもこの文章がそれを表現できているかも甚だ心許ない。

 

 私は上で述べたようにアイドルコネクトのゲームを始めたのは終了間際であり、サービス開始当初から遊んでいたファンの人たちには申し訳なさも正直に言えば感じている。もっと早くから遊んでいてくれたらもしかしたら、そんなことを考えることもあるかもしれない。自分自身、結局個別ストーリーは読み切れなかったし、もちろんゲーム内イベントにも参加できなかった。それでも、私はアイドルコネクトに出会えて、そしてほんの1週間でもゲームを遊ぶことができて、彼女らの物語を見ることができて本当に良かったと思っている。私がアイコネを始めるきっかけを作ってくれたTwitter、そしてフォロワーには感謝してもしきれない。こんな私だが、これからもずっとアイドルコネクトを好きでいてもいいだろうか。いや、好きでいさせてもらう。

 

 

 

リリイベミニライブでお会いしましょう

 

 

 

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追記

一つ、これは書いておこうと思ったことを忘れていたので恥ずかしながら追記という形でここに書いておく。

アイドルコネクトの想い出として、アイドルコネクトのサービスが終了したまさにその時刻から始まったのが、『アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ』内イベントであり、そのイベントでのイベント曲は『EVERMORE』であった。

私は、一つのゲームが終わったまさにその瞬間に大きなコンテンツ、まさに永遠に続くかと思われるようなコンテンツが、そのものズバリ『EVERMORE』という楽曲を引っ提げて大々的にイベントを始めるのはあまりに皮肉が効きすぎているとまさに笑うしかないといった状態だった。そしてデレステを途切れることなくやっていた私は、アイコネが終了した次の瞬間、とはさすがにいかないが、その日のうちにデレステをまた触っていたのだった。

 

そしてそのとき、ふと心に浮かんだ気持ちを詩のようにしたものを後日紙に書いた。結局少しくらいしか書けずそのままにしておいたが、ここに書いておきたい。まあ供養のようなものだ。お盆だし。

 

みんなは気づいているかな 昨日と今日で街が違うこと

私の好きなお店にはもう どの道だって通じちゃいない

 

あそこのお店は何周年のお祝い

うらやむ気持ちないわけないけど

私だってよく行くお店

 

いい想い出なんかより いつでも目の前に感じられること

それが大事と思いませんか

後に残るは想い出だけど 想い出のために今があるわけじゃない

 

 

…………リリイベミニライブでお会いしましょう……!